贈り物
 反省してます。本当に反省してます。流石にいきなりだったからって、善逸くんを殴り飛ばして気絶させたことには反省してます。でも、悲鳴を上げなかったことは褒めて欲しい。身を清める為にと神社の裏手にある温泉を進められて入っていたら、まさかそこに善逸くんがいるなんて誰が想像つくか。誰かと判断する前に殴ったのは申し訳ないけど、いや、それが善逸くんだろうが炭治郎だろうか、伊之助くんだろうが、殴ってたとは思うけども! とりあえず白目をむいて倒れている善逸くんを日陰に連れていって、わたしはその間に浴衣に袖を通した。
ここに放置するわけにもいかないし、そろそろ起こした方が良いだろうと、傍に座って肩を揺さぶった。

「善逸くん、善逸くん」
「はっ! 今何が起きたの!? すっごい幸せなことが起きた気がしたんだけど!? あ、鈴ちゃん!」
「大丈夫、善逸くんは何も見ていない。それは夢だよ」
「え、でも……」
「夢です。それより、なんでここにいるの?」

 今見た物は忘れさせるに限る。じゃなきゃわたしが恥ずかし過ぎるし、何より気を失ったのはわたしが殴った所為というのがバレてしまう。わたしは真顔で夢だと言い切って、ここに来た理由を問いかけた。
 すると彼は言いづらそうに視線を逸らす。多分、情報収集をせずにここに来たことを責められると思ってるのだろう。本当に子供のようだと笑ってしまえば、わたしは彼の手をそっと握った。

「怒ってないよ」
「で、でも、俺……」
「怒ってないってば。音で分かってるんでしょ?」

 焦る善逸くんに静かに問いかけると、彼はしばらく一点を見つめてからゆっくりと頷いた。どうやら納得してくれたようだ。すると、意を決したように懐から綺麗な手拭に包まれた何かを取り出して、此方に差し出してくる。不思議そうにそれを見ていると、善逸くんは僅かに頬を赤らめて視線を此方に向けてくれた。

「……、これ、君に似合うと思って買ってきたんだ。そしたら、急に会いたくなっちゃって……。ごめんね、仕事投げ出してきちゃって」

 やはり怒られると思っていたのだろう。謝りながら出されたそれにわたしはポカンと口を開いた。
え、どういうこと? わたしを思って、買ってきて……、それで会いに来て来てくれたってこと……? 渡そうと思えばいつでも渡せるのに……?
じわじわと心に温かいものが広がってくすぐったくも、嬉しくて顔が緩んでしまう。例え怒られると分かっていても、気持ち素直に来てくれたことが何よりうれしかった。おずおずと差し出されたそれを受け取って、わたしは包みをそっと開く。現れたのはわたしの目の色と同じ色の石がついた可愛らしい簪だった。その瞬間、わたしの心になんとも言えない感情が広がっていく。

「あ、ははは……。俺、馬鹿だよね。鈴ちゃんが呆れても仕方がな……、って泣く!? ちょ、鈴ちゃん泣いてる!?」

 善逸くんが驚きに声をあげて、ようやく自分でも自覚した。頬を撫でるその雫は、自分の涙で、気が付けば泣いていたんだって。自分一人で頑張れるって啖呵切っておきながら、結局善逸くんの優しさ一つでここまで心揺らぐなんて。わたしが泣いていることに動揺した善逸くんが、おろおろと手を宙で彷徨わせていたが、それがわたしの背に回ったのには時間はかからなかった。最初のころとは違って、徐々にたくましくなっていくその腕にドキドキしていたのはいつの頃か。今では本当にこの腕が落ち着くものへと変わっていたのに、自分でも驚くほどだ。瞳を閉じて、わたしは善逸くんの胸に頭を寄せる。耳が良くなくても分かるくらいに、彼の心臓も早くなっていた。

「ごめん、ちょっと……。ううん、実はね、かなり寂しかったの」
「うん、知ってた。鈴ちゃんって本当は俺より寂しがりやだよね?」
「善逸くんほどじゃないよ」
「いーや、鈴ちゃんの方が寂しがりやだよ」

 なぜか否定されてわたしはムッと眉を寄せて顔を上げた。善逸くんにだけは言われたくないが、彼はわたしの表情を見ても穏やかな笑顔はそのままだった。それを見ると何も言えなくなって、ついまた顔を伏せてしまう。
 いつも泣き叫んでは暴走するくせに、こういう時はちゃんと優しく受け止めてくれる善逸くん。そんな彼に惚れてしまった自分が悪いのだ。惚れた弱みというのだろうか、もうそれには逆らえない。もらった簪をぎゅっと握りしめて、彼の胸に顔を寄せればもう一つ金属のでっぱりのようなものを感じて少しだけ顔を離した。それに気付いたのか、彼も腕を緩めて、恥ずかしげに笑った。

「善逸くん、他に何か買った?」
「あはは、バレた? ほら、これ! 炭治郎みたいでカッコよくない!?」

 でっぱりのあるところから取り出したそれは、炭治郎がつけてるような耳飾りだった。ただ炭治郎とは違って、善逸くんの色に縁どられたそれに、つい噴き出してしまう。

「あっははは! 本当に、善逸くんってばちゃっかりしてるんだから。でも、うん……似合うと思うよ」
「ほんと!? 鈴ちゃんがそう言ってくれるならずっと付けていようかな!」

 嬉しそうな善逸くんに、わたしは頷いた。彼が笑っててくれると、わたしもホッとする。耳飾りを自分の耳に宛がいながら話す善逸くんに、わたしも離れてる間に起きた出来事を説明しなければと口を開いたが、脱衣所の方からわたしを呼ぶ声が聞こえてきた。

「あ、やばい。そろそろ出ないと……」
「………、ああ! ここ温泉じゃん!? なんで俺ここに…、あれ? 確か何か良いことが……」
「善逸くん、ついでだから神楽舞も見ていって?」

 何かを思い出す前に、わたしはすかさず彼が興味を示す言葉を口にした。どうやら策が講じたのか、彼は思い出すのをやめてしっかりと話に食いついてくれる。

「ええ!? いいの!? 炭治郎に怒られない!?」
「怒られるかもしれないけど、もう善逸くん情報収集しなきゃって気になってないでしょ?」
「そりゃもちろん! ……イイエ、ヤル気ハアリマスガ……」

 はっきりと返事をしてからヤバいと思ったのか、善逸くんは目線を逸らして言いなおした。今さら遅い気もするけど、わたしは聞かなかったことにして立ち上がった。

「神楽に集中してる時はわたしも鬼の気配分からないから。よろしくね、善逸くん」
「任せて! 俺、ちゃんと君を守るから!」

 にっこりと笑いかければ、彼は胸に手を当てて大きく頷いた。よし、これで善逸くんの記憶は封印した。しめしめと笑っては、わたしは彼に手を振って脱衣所の方へと戻った。
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