本意じゃない



―――最悪だ…

零に抱き枕にされて結局昼まで教室に行けなかった夏見は大きな溜め息を吐いた。引き剥がそうにも全く離れない。それ所か、更に抱き締める力が強まるので此方の身体が抱き潰されかねない。幸いにも腕はある程度動けるので今震える携帯をスカートのポケットから取り出し、画面に表示されてある名前を見て電話に出た。



「…もしもーし、」



夏見の元気の無い声にらしくないぞと相手は叱咤するが今彼女が置かれている状況を聞くと同情の籠った返事をした。運が悪いとはこの事。いや、彼等の事だ、帰って来たと知ればどんな手段を使おうが接触するに違いないと確信を持つ相手は今何処にいるかと聞き、『秘密の部屋』だと言われると場所は知ってるが鍵がないから抜け出せたら連絡をちょうだいと電話を切った。携帯をぽいっと近くに放り、まだ自分を抱き枕にして眠る零を今度こそ引き剥がそうと頑張った。が、やはり離さないとばかりにギュウギュウ抱き締められ諦めた。大きな溜め息を吐くと出入り口の扉が開いた。

顔だけ動かして見ると「見つけタ」夏目がひょっこりと顔を出した。零に抱き枕にされている夏見が救いの神が来たと言わんばかりの反応を示すものだから苦笑を漏らしつつ、寝ていても拘束が強かった零から解放した。



「ありがとう〜!夏目〜!」

「どういたしましテ」



真っ白な床に座って抱きつく夏見を慰めつつ、存在を認知したからには是が非でも逃がしたくなかった零の心情を察している夏目は背中を撫でながら残りの二人にどう知らせようか思案した。奏汰が零に知らせたのは『五奇人』が愛した『怪物』が帰って来たからじゃない、『魔王』が一番に『怪物』を愛していたから。



「(奏汰にいさんとこの人は怪物と呼ばれタ。けど、怪物は怪物でもねえさんは…)」

「夏目よく分かったね、此処にいるって」

「え?…うン。昼休み教室に戻ったら、今日来る筈の転校生が来ていないってバルくんやホッケ〜くんが言ってたから、気になってねえさんを探したんダ。そしたら、犬ッコロが『吸血鬼ヤロ〜が棺桶いなくなっていやがる!』って騒いでてネ。もしかしたらと思って『秘密の部屋』を虱潰しに探してたら当たりを引いたって訳」

「そっか。探させちゃったね」

「ボクは久しぶりで楽しかったヨ。それに、昔から『奇人』のにいさん達はねえさんに何かある度に学院内に複数ある『秘密の部屋』に連れ込んでたシ」

「そう…だったっけ」



連れ込まれて何をされていたかは例え拷問されてでも口を割らないと固く誓っている夏見ははぐらかすだけしか出来ず、知りたがっていても深く追求してこない夏目に心の中で謝りながらもどんなにお願いされても言わないと決めている。



「ん〜騒がしいぞい〜……ん?我輩の枕がない…」

「誰が枕よ」

「おや…?逆先くんがおって、我輩の可愛い『愛玩物(ペット)』が「もう一回寝てていいよ」

「ちょ、待った待っタ!」



一年前、夏目を除いた『奇人』達にどういう扱いをされていたのか、聞いても聞かなくてもどちらでも良かった夏目の興味は強くなり、暇な時『師匠』に聞いてみよう。起き上がるなり夏目に抱きつく夏見を捕らえ、久々に耳にした殺気が籠った声はヤバイと感じ落ち着かせるも、零がまた夏見を腕の中に閉じ込め横になった。



「いい加減離しなさい!一日目から行かないと色々目立って仕方ないんだけど!?」

「何を言っとる。我輩が最初お主に会った時からお主は既に有名人だったではないかえ」

「確かに…ライブで暴れまくって色んなユニットやアイドルを次々に再起不能にしてたからネ」

「『怪物』というより、寧ろ『暴れん坊』の方が良かったかもしれんぞ」

「私が名乗った訳じゃないし…。そもそも、『怪物』って名付けたのは…」



そこまで言って口を閉じた。二人が怪訝に思うとやっぱり何でもないと無理矢理に話を終わらせた。

『怪物』と名付けたのも、大切な友人達を『五奇人』と呼んだのも、全部あいつだ。殺したい程憎いのにほんの少しの感情がそれを阻止している。

夏見が急に黙った理由を悟った零が心の中で葛藤しているであろうと思い頭を撫でてやった。





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