対策ユニットは四つ



レオの話になり掛けた時急に様子が可笑しくなった夏見に心当たりがあると宗が追い掛け、夏目と奏汰は二人が戻るのを待つ間店内を歩いていた。香水売り場の二つ先のフロアに芳香剤コーナーがあった。彼女の好きな薔薇の芳香剤でも使って気分を落ち着かせてあげようと夏目が奏汰に提案した時だった。ローズ系の香りが並ぶ棚の後ろから、聞き覚えのある声がした。



「ねぇ、みかちゃん。これ何てどうかしら」

「どれ?…なるちゃん、これ匂いキツ過ぎやせえへんかな〜。ずっと匂ってたら頭痛なってくるで」

「じゃあ、こっちは?」

「こっちは…あんまお師さんが好まん匂いや。お師さん、こういうの苦手やから」

「んもう〜!今日は『お師さん』じゃなくて、みかちゃんの為に選びに来てるんだから、自分のを選びなさい!」

「せやかて…あ、でも、それ言うたら、なるちゃんかて誰かの選んでるみたいやけど」


声の主は嵐とみかの二人。夏見を教室から連れ出す時、みかはいなかったが嵐はいたので見つかって転校生を何処へやったと詰問される可能性がある。この場は離れた方が得策と判断した夏目が隣を見ると奏汰の姿が無かった。あれ?と周辺を見回すと夏目がいる場所から10歩程先にある案内板の前にいた。夏目が声を掛けると「ここにしましょう」と奏はとある箇所を指差して振り向いた。



「甘味処?」


奏汰が指差したのは7階レストランガ街にある甘味処。甘い物を食べたら少しは元気になると踏んだ奏汰の提案に賛成した夏目が宗に連絡を取ろうと携帯を制服のポケットに手を突っ込んだ時。



「あっ!!いた夏目くん!!」

「!!」


背後から届いた声に思わずビクッと身体が跳ねた。拙いと思いながらも後ろを振り向くと息を切らして髪が少々乱れているあんずが走って来ていた。あんずに呑気に声を掛ける奏汰に「ごめん奏汰にいさんぼく逃げるネ」と逃走を始めた。いってらっしゃ〜い、とやはり呑気に夏目を見送ると奏汰の所で動きを止めたあんずが膝に手を当てて息を切らしていた。



「し、深海先輩っ、お、追い掛けて下さい!」

「まあまあ、おちついてください。はい、これであせをふいてください」


何処から走って来たのか、あんずの顔は真っ赤で汗に濡れている。やっと見つけた夏目に美央の居場所を聞こうとしたのに、肝心の夏目には逃亡され、美央は未だ行方不明。本来なら、今日は『UNDEAD』との顔合わせをする予定だったのが台無しとなった。

奏汰からハンカチを受け取り汗を拭いた。それでもまだ出る。するとそこへ、芳香剤を選んでいた嵐とみかが二人の所へ。


「知ってる声がすると思ったらあんずちゃんじゃない。どうしたの一体?それに、深海先輩も」

「はぁ…はぁ…学院内を探し回ったら、体育館の屋根に日々樹先輩がいたって北斗くんから連絡があって、日々樹先輩に夏目くんと美央ちゃんの居場所を聞いたらここにいるって言ってたから、急いで、はぁ…来たの…」

「ぼくがみたのはなっちゃんだけで、あたらしい『ぷろでゅーさー』さんの姿はなかったですね」

「そ、そうですか…」

「だったら、アタシが捕まえて聞き出してあげるわ!何処へ行ったの?」

「あ、あっちの方に」


陸上部に所属しているだけあって脚力には自信がある嵐はあんずが指した方向へ走り出し、瞬く間に見えなくなった。


「行ってもうた…。あんずちゃん、エスカレーターの近くにある椅子に座った方がええんとちゃう?どっから走って来たか知らんけどしんどそうやで」

「み〜さんのいうとおりですね。おみずをかってくるのですわってまっててください」

「は、はい」


こっち、とみかに促される形でエスカレーター付近にある休憩用のソファーに座ったあんずは大きく深呼吸をして、吐き出した。幾ら問い詰めてものらりくらりと北斗の詰問を躱す渉にあんずも交じって根気よく続けたら、向こうも飽きてくれたのか漸く話してくれる気になった。聞き出した場所がショッピングセンターと聞くと急いで向かった。学院からショッピングセンターまで約20分。途中、休憩を挟みながらも全力疾走だったせいで体力は底をついている。ある程度体力が回復したら嵐に連絡を取り、夏目探しを手伝おうと戻ってきた奏汰からミネラルウォーターを受け取ったあんずは失った水分を補給した。


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「お〜いしい〜」


秋限定『ぶどう尽しのスペシャルパフェ』を幸せ一杯の表情で食べる夏見の前でトマトジュースを飲む零は呆れた顔で溜息を吐いた。夏見の隣に座る宗も同様。


「やれやれ…さっきまでの態度と随分な違い様だ」

「食べ物の力は偉大と聞くが…この子は顕著にそれが出るの」

「うるさいよ。美味しいもの食べて幸せな気持ちになるのは、人間として当たり前の事だよ」

「君の場合はそれが強いと言っているんだ」

「仕方ないでしょ。美味しいんだから」


パクりとクリームと一緒にぶどうを口に入れた。クリームの甘さとぶどうの甘酸っぱさが相性抜群で美味しい。

零と合流したのは、ほんの少し前。

泣き止んだものの、些か不安定な夏見を案じ、7階のレストラン街まで足を運んだ宗は好きな店を選ばせた。看板とにらめっこをしていると背中に大きな衝撃が。危うく看板と正面衝突しかけたがギリギリの所で踏ん張った。背後から届いた「や〜っと見つけたわい」という声で誰か分かった。そして、同時に殺意が沸いたのは言うまでもない。


「ちょっと!もうちょっとで看板と衝突しそうだったんだけど!」

「すまんのう。可愛い後ろ姿を見つけてつい」

「零一人だけかい?」

「日々樹くんと来る予定ではあったんだが…急に進路変更しての。『また後で♪』と別れた。それより、どこか入らんか?急いで来たから喉が渇いてしもうて」

「夏見、何処にするか決めた?」

「うん。此処。それより、離れてよ零。動きづらい」

「はいはい。冷たいのう。………後できっちり相手をしもらうから、いいか」

「…」


最後の台詞を夏見にだけ聞こえる声量で言ってのけた零に背筋が凍った。今日の夜、零を説得して抱かれるのを回避しないと身体が持たない。

その後、今の店に入りそれぞれ注文した。


「で、薫くん対策は上手くいきそうかや」

「取り敢えず、薫ちゃんが女の子を匂いでも覚えてるからその辺はクリアしたと思う。後はまあ、実際に接触しないのが一番じゃないかな」

「それは難しいじゃろうな。今回、おぬしは『プロデューサー』として戻った。なら、各ユニットとの顔合わせは免れん。あんずの嬢ちゃんは全ユニットと転校生の顔合わせを予定しておるみたいじゃし」

「うへ…簡単に言うけど弱小から強豪まで幾つあると思ってんの。仕方無いのは分かるけど」

「『怪物』と関わりが深かった者が所属するユニットとの顔合わせは、ある程度我輩たちが妨害する。今の所、予定に入れておるユニットはこれじゃよ」


一枚の紙切れを制服のポケットから取り出した零はテーブルの真ん中で広げた。紙には『UNDEAD』『knights』『fine』『紅月』四つのユニットの名がある。『UNDEAD』に至っては今日でクリア。残るは三つ。『紅月』が入っているのはどうしてと夏見が問うた。


「いないよ。『私』を知ってる人」

「『紅月』には蓮未くんがおる。『生徒会』の人間がいるユニットとは、下手に関わらん方がいい。『fine』は説明は不要じゃの」

「…そうだね」


『fine』は夢ノ先学院最強のユニットであり、『皇帝』天祥院英智がリーダーを務める。

『皇帝』と『怪物』の関係を深く知っている者はいない。『五奇人』に愛され、大事にされていた『怪物』を『皇帝』がどう思っているかなど。

けれど、英智の並々ならない『怪物』への執着心を零は知っている。

表立っての動きはないが英智がずっと『怪物』を探し続けていると知ったのは、学院内を散歩する際必ず寄る場所に彼がいたから。一年前、学院側に許可を取って作った『怪物』の小さな薔薇園。深紅に咲き誇る薔薇の数々。そこに埋もれて薔薇の花弁を一枚一枚千切っては地に落とす英智が零の存在に気付いて声を掛けた。





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