殺意の裏側


商店街へお茶をするのはまた今度。と、メールで渉に送った夏見は夏目と一緒に夢ノ咲で最も古い老舗旅館「飛鳥屋」を訪れた。数年前、旅館の女将が夏見の祖母ーダンテにイタリアへ観光旅行をしに行った際、マフィア同士の抗争に巻き込まれ時に助けてもらったのだとか。その時、日本に来たら是非旅館へ来て欲しいと女将はダンテに言ったそうだ。一年前、訳あって男の格好をしてアイドルをする羽目になった夏見が行く学校が夢ノ咲学院だった為、態々女将に連絡を取って夏見を滞在させてくれたのだ。世話代として、目の玉が飛び出る程の金を渡したのも知っている。旅館側は命の恩人に金は取れないと断ったそうだが、世話になるのだから世話代を支払うのは当然だとダンテも譲らなかった。

本来なら、昨日来る筈が零のせいで来れず。二日経っても来れないとなると旅館の人達にも心配を掛けるし、何よりダンテが心配する。ここにいる時もヨコハマにいた時の様に長い国際電話は怠らなかった。

格式高い老舗旅館の門を潜り、一年ぶりに会った女将は相変わらず着物が似合う美女だった。あれで四十代後半なのだから驚きだ。

女将に夏目と一緒に通されたのは、一年前と同じ部屋。「飛鳥屋」の特別客室。極僅かなVIPしか使用出来ない貴重な部屋を提供してくれるのもダンテのお陰。敷かれていた座布団の上に腰を下ろした。



「ふぅー…やっと一息つけた」

「いつ来ても良い部屋だね此処ハ」

「この旅館で一番良い部屋だから当然だよ。寧ろ、こんな良い部屋を貸してもらうのが申し訳ないよ」

「ねえさんがそう言ってもねえさんのお祖母さんがそうさせてるんだから仕方ないんじゃなイ?」

「ううん、うちの婆やはただ滞在させてくれって頼んだだけ。まさか、こんな特別な部屋を使わせるとは思ってなかったかも。女将さんは多額の世話代を頂いてるんだから、これくらい何の事もないって言ってくれてるけど…」



却って、世話代が倍増している。

足を伸ばしてゴロンと畳の上に寝転がった夏見。

隣を見ると夏目がスマホの画面を片手で器用に打っていた。



「誰かにメール?」

「うン。零にいさんにネ。バルくんや子猫ちゃんからとんでもない量のメールが来てるけどこれは無視」

「ちゃんと返信してあげて…。まあ、内容は予想はつくけど。零は機械音痴だからメールしても見れないよ」

「メールを見るだけなラ、今頃渉にいさんがレクチャーしてる最中じゃないかナ?」



あの機械音痴でも渉が教えるなら直ぐにメールを見る位なら修得出来る。筈。

「あ、」と声を出した夏見はある事を思い出した。



「どうしたノ?」

「うん。とても大事な事を思い出した」

「大事な事?」

「そう。大事な事」



ばっと起き上がった夏見は立ち上がるなり、行って来ます!と部屋を出て行こうとしたが行動を読んでいた夏目に腕を引っ張られ、後ろ向きで畳の上に倒れた。背中を打って顔が痛みに歪んだ。



「いった…夏目…」

「急に行こうとするからだヨ。どこへ行くノ?」

「…言ったら来るでしょ?」

「言わなくてもネ」

「…」



ジト目で見上げる夏見を無視し、何処へ行くのと再び問うた夏目に大型ショッピングセンターだと告げた。行く理由は一つ。



「薫ちゃん対策をしてないの」

「奏汰にいさんが言ってた対策カ」

「え?奏汰くんが?」

「昨日の放課後ネ」



ー昨日の放課後の『海洋生物部』ー

奏汰の家の伝で仕入れてほしい薬品があり、『海洋生物部』の部室を訪れた夏目。ノックをして部室に入ると真ん中で困った顔をして空の水槽を眺めている奏汰がいた。他の部員の姿はない。夏目に話し掛けられて気付いた奏汰は振り返って夏目の来訪を歓迎した。用件を伝え了承を貰った後、何か悩みがあるなら相談に乗ると夏目が言うと。



『こまったことになりまして…』

『何かあったノ?』

『あした、あんずさんが夏見と『あんでっど』のかおあわせをするみたいなんです』

『それがどうかし…あ』



言葉を途中で切った夏目に奏汰は困ったと眉を八の字にした。零がユニットリーダーを務める『UNDEAD』には一人、大の女の子好きがいる。一度見た女の子は絶対に忘れない。昔、ある意味警察犬に向いてるねと夏見が言っていたのを思い出す程に。彼は『怪物』が男の振りをした女の子だと最初に気付いた相手で、そのせいなのか、よく女の子なのをバレない様に協力させられていた。お返しにデートをする訳だが、大抵零が邪魔をした上横取りしていた。

今回、何故か知らないが夏目にバレたせいで彼等に知られてしまった。これ以上バレる訳にはいかない。じゃあ、早速行こうとノリノリで夏見を立たせ、手を引いて部屋を出た。廊下で丁度若女将に出会し、出掛ける旨を伝えると「デートやねー!楽しんで来てね!」と勘違いされた。違うと訂正する前に夏目に手を引っ張れ、そのまま旅館を後にした。

徒歩で15分。目的の大型ショッピングセンターに入った二人は生活用品がある2Fへエスカレーターを利用して来た。夏目に手を引かれていた夏見は、今度は逆に自分から夏目の手を引いて歩く。先ずはシャンプー売り場へと足を運んだ。



「さて、どれがいいかな」

「ねえさんが普段使ってるのってどレ?」

「これだよ」



夏見が手に取ったのは薄桃色に可愛いウサギの絵が描かれたシャンプーのボトル。日本に来て以来、ずっとこのシャンプーとあと同じリンスのみ。ダマスクローズの香りが特にお気に入りのポイントだ。ふむ…と顎に手を当てて他のシャンプーを見る夏目の横で何のシャンプーにするか考える夏見。薫は香りで女の子を覚えている事もあるので眼鏡で確りと変装しつつ、香りも変えないといけない。



「(花から離れてフルーツ系の甘い香りでもいいかも)」

「ねえさん、これなんてどうかナ?」

「ん?」


夏目に見せられたのはイルカが描かれた透明な水色のボトル。裏面に清潔感漂う石鹸の香りと表記されている。テスターのボトルのキャップを開けて香りを確認。「石鹸の良い匂いだねぇ」と夏目が選んだシャンプーとリンスを抱えた。


「それでいいノ?」

「うん。夏目が選んでくれたから早く終わりそうだよ。あと、必要なのはなんだろ…柔軟剤とか?」

「それは旅館の人に相談しないとネ。でモ、あまり手間をかけさるのもアレだから香水を付けてみようヨ。ボクが選んだそれはあまり香りはキツくないしネ」


こっちだよ、と夏目と手を繋いで次は世界中のメーカーが揃う香水コーナーへ行った。

どの系統の香りにしようかと夏目に話し掛けた時だった。突然、後ろから誰かに抱き付かれた。驚いて顔だけ動かして後ろを見ると学院で別れた奏汰が嬉しそうに夏見に抱き付いていた。夏見の横にはいつの間にか宗もいて、ひょいと一番上の棚から商品を取り、夏見の前に見せた。


「君にはこれが似合う」

「え?え?えーと、宗と奏汰くんがなんでここに…?」

「わたるがなっちゃんと夏見がおかいものにいってますよってしゅうにはとさんにおつかいさせてしらせたんです」

「お買い物というより、薫ちゃん対策だけどね…。でも、その渉くんは?」


宗が選んだ香水の香りを確かめようと見本を取ってもらい、手首に1プッシュ。嗅いでみると薔薇の甘い香りが鼻腔を擽った。4種の薔薇を使った香水のようで、薔薇の香りが大好きな夏見の好みをよく把握している証拠だ。香水のボトルもキラキラ光る白色のガラス瓶。サイズも持ちやすく、鞄に入れても邪魔にはならないだろう。これにするよと宗の選んだ香水を最初のシャンプーとリンスと一緒に持った。


「それに零もいないね。まあ、まだ明るいから外に出歩こうとはしないか」

「零は『UNDEAD』の方で、渉は…君を誘拐した黒幕ということで小娘に詰められているよ」

「…」


間違ってはいない。夏見を連れて来てほしいと夏目に頼んだのは渉だ。今回は、ピンチの夏見を助ける為に使用されたが。



「かおるたいさくはこれくらいですか?」

「どうだろう…薫ちゃんの女の子に対する熱意は並々ならないものを感じるからね。色々匂いを変えても出来るだけ接触しないように心掛けるしかないと思う。私は一応、あんずちゃんの手が回らないユニットやアイドルをプロデュースするのが仕事だから、大丈夫だとは思いたいけど」


実際、『DDD』を終えてからのあんずは多忙の毎日。多数のユニットが彼女のプロデュースを心待にしている。が、あんずの体は一つしかない。一人の人間が処理出来る量を軽く越えている。あんずの負担軽減、そして、来年新設される『プロデュース科』のテスト第2号である夏見は(偽っているが)学年は同じでもあんずの後輩。たった一人の先輩となる前に先に後輩にどう教え、導くかを問われている。


「ま、こんな容姿(なり)の人にプロデュースされたいっていう阿呆がいればだけどね」


瓶底眼鏡は飽くまでも顔を隠す為のフェイク。度は入ってないので誰が掛けても問題はない。見た目に問題が発生するだけで。最初から乗り気じゃない夏見に「じゃあなんでプロデューサーとして戻ったノ?」と夏目は疑問をぶつけた。


「ヨコハマの学校の先生にね、
『雪平、溜まった反省文100枚を免除する代わりに次はプロデュース科に行ってみないか?』って言われちゃ…」

「そういえば、君は一年前も同じ理由でアイドルをやっていたね」

「はんせいぶん100まいって、なにをしたらそんなにたまるものなんですか?」

「え?うーん…悪い事はしていないと思うんだけどね。移動教室なのを忘れて教室で寝てたり、屋上で寝てたり…かな」

「要は忘れん坊って訳?というか、それだけでよく100枚も溜まるネ」

「常習犯なら仕方のない事だよ。全く、君は一年前と何も変わってないじゃないか」

「だから、今回は真面目にしようと思ってる。のに!」


キッと夏目を睨んだ。


「どっかの可愛い『魔法使い』のせいで」

「ねえさんに可愛いって言われても全然嬉しくなイ」

「まあまあ、ふたりとも。でも、かおるいがいにたいさくをするひとはいますか」

「…いる。ぶっちゃけ、薫ちゃんよりこっちのが深刻かな」

「誰?」

「……『殿様』」


学院で『殿様』と呼ばれる生徒はいない。但し、個人で限定すると夏見だけが彼をそう呼んでいた。他の生徒は皆、彼を『王さま』と呼んでいる。意外そうな顔をする宗に訳を訊かれても言いたくないと言って、レジの方へ逃げて行った。


「(レオくん…)」


一年前、『皇帝』によって粉々にされたのは『五奇人』だけじゃない。『王さま』もまた、壊された。『knights』を死ぬ気で守り、その後廃人となってしまった。

登校しなくなったレオを心配して家へ訪れたのが間違いだった。


『なんでも…何でもするって…?じゃあ…お前がおれの―――になれよ……ほら早く』


「っ…」


悪くない…レオくんは悪くない…っ、悪いのは全部、全部あいつが…―――


『ダンテ!こっちだよ』


廃人となったレオにされた仕打ち、大切な人達を壊した殺したい程憎い『皇帝』の姿が脳裏に過る。三人の目が見えなくなる場所まで逃げてレジとは程遠い入浴剤が陳列される棚の前で座り込んだ。殺したい。姿を見たら殺してしまいたい。なのに、出来ないのは『皇帝』もまた、大切な友人だったから。溢れ出る涙を乱暴に袖で拭うと目元がひりひりと痛み出した。それでも涙は止まってくれず、止まるまで拭っていたら横から誰かに腕を掴まれた。


「そんなに擦ると皮膚が傷付くし、赤くなって余計に痛んでしまう。おいで」


抱えていた品を床に置いて、軽く両手を広げた宗に抱き付いた。


「な…なんでっ」

「月永の話をした途端、様子が可笑しくなった君を放っておける筈がないだろう。奏汰と小僧には、まだそこにいてもらっている。君と月永に何があったかは知らないが詮索するつもりもない。だから、気が済むまで泣いていたらいい」

「っ〜…うぅ…っ……」


まだ止まりそうにない涙が宗の制服に吸収され小さな染みが少しずつ広がっていく。泣いた子供をあやすように頭を優しく撫でられ、更に強く抱き付いた。






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