※逃がさない


自分に与えられた机に突っ伏し大きな溜め息を吐いた夏見。本来なら、昨日行われる筈だった転校生の紹介は何やかやで今日に延ばされ、それも今終わった。事情を知らない生徒達は、運悪く日々樹先輩の悪戯の餌食に逢った不運な転校生、という認識である。昨日、時間を置いて二回零に抱かれた後そのまま朝まで眠ってしまった。目を覚ませば、やはりそこは零の棺桶の中。今度こそ零が起きない様にこっそりと抜け出し、運動部が使用するシャワールームまで走った。その時の時間では、生徒は誰一人いなかった。夏目に噴水に落とされたせいでびしょ濡れになった制服を先に回収しておいて良かった。手際よくシャワーを済ませて乾いた制服に袖を通し、誰にも教えていない内の一つに過ぎない『秘密の部屋』で時間を潰した。



「でっかい溜め息だな。ま、昨日の事考えたらそうなるよな」



気さくに話し掛けたのは前の席に座る真緒。昨日、夏見に学院内を案内した為面識があった。



「正直気が重いです…やっていける自信ないですよ」

「ま、まあ、運が悪かったって思えよ。全員が全員日々樹先輩みたいな人じゃないからさ」

「そうですか?そうだといいですけど…あ、昨日の倒れてる人はどうなったんですか?」

「同じユニットの奴が連れてってくれたよ」



毎度思うが、よく彼は何処でも作曲しては力尽きて寝てしまえるものだ。自他共に認める作曲の天才の考える事は、常人では到底分からない。



(作曲の天才、か…)



『彼』もレオ程ではないが、他の追随を許さない才能を確かに持っていた。『怪物』として『彼』の曲を歌った張本人が言うのだから間違いない。



『ほ、ホントに僕の曲を使うの?』

『まだ自信ないの?大丈夫だよジロ〜くん。ジロ〜くんは、俺の殿様と胸張っていいレベルの才能もってるから。第一、俺が頼りない曲使うと思う?』

『お、思わないけど…』

『じゃあ、自信持って。俺を信じて』



幼い頃からの影響で彼は常に自分に自信を持てず、何回大丈夫と言えば安心してくれるのかとよく思った。その彼ももういない。一年前の“あの日”に屋上から飛び降りてーーー死んだ。

最後まで笑って…



「………」

「そうだ。忘れるとこだった。なあ、昼休みあんずがお前と色々話したいって言ってたから……転校生?」

「はい。聞いてますよ」

「そっか。悪い。昼休み、あんずが迎えに来るから一緒に食堂に行ってやってくれ。にてしても、スゴい眼鏡だよな、それ」

「よく言われます」



嘘だが。

両目とも視力は驚異的な数値を叩き出している夏見だが、異能力を使い過ぎた代償で暫く片目が燃え尽きた灰色に変色してしまったばかりか、夢ノ咲学院には“怪物”の素顔を知る友人が何人かいるので変装の意味で太宰から借りた。



「真のより度がきつそう…」

「普通に目が良い人が掛けたら横転する位にはきついですよ」

「どんだけ視力悪いんだよ」



嘘だが。

2年B組に“怪物”の素顔を知るのは二人。本人がわんこちゃんとみ〜ちゃんと呼ぶ二人だけ。わんこちゃんとは晃牙、み〜ちゃんとはみかの事を指す。零や宗がばらす可能性は低いが念には念を入れておかないと。飽くまでも初対面を装って対応をしないと。「ね〜ま〜くん」と間延びした声が左から。机に突っ伏した体勢で凛月が二人の方へ顔を向けていて。



「次なんだっけ」

「次は英語。寝るならせめて教室にしろよ。寝るのもダメだけど」



後で探しに行く方がよっぽど手間が掛かるので寝るのは駄目だが、教室で寝てくれた方がマシだった。凛月の眠たげな赤が夏見へ向けられた。



「すっごい眼鏡…そんなんで見えるの?」

「はい。ばっちり」

「ゆうくんのよりスゴそう」

「それさっき俺が聞いた」

「ねぇ、一回貸してよそれ」

「だ、だだ駄目ですよ!目が良い人が掛けたら大変なんですから!」



教室にいるのは凛月や真緒だけじゃない。三人の会話が耳に入ったのか、「そうよ凛月ちゃん。止めなさい」夏見がなるあらくんと呼ぶ、嵐が凛月にめっと鼻頭に人差し指を置いた。



「転校生ちゃんみたいな眼鏡かけたら、逆に目が悪くなるわよ」

「そ、そうですよ。私極端に視力が悪いので掛けているだけなんですから」

「え〜だって面白そうだじゃん。じゃあ、ま〜くん掛けてよ」

「何で俺だよ。転校生がそこまで拒否ってんだからパス」

「眼鏡って無い方が楽なんですから、掛けたいならせめて度の無い伊達眼鏡にした方が良いですよ」

「転校生ちゃんの言う通りよ。でも、転校生ちゃんが眼鏡を外すとこは見てみたいかも…」

「…え」



嵐が最後に言った台詞に夏見は固まった。俺も〜と便乗する凛月。



「な、なな、なんでですか」

「だって、こういう場合、素顔は美少女!っていうパターンが多いじゃない?」

「わ、私の顔はそこらへんに落ちてる石ころみたいな顔です!」

「逆に見てみたくなるよそれ…」



慌てる夏見に冷静な突っ込みを入れる真緒。凛月がそっと眼鏡に手を伸ばすのを察知して席から慌てて離れた。素顔を知られるのだけは避けたい。彼等が知らなくても、自分の素顔の特徴を聞いて“怪物”だと気付く人は何人かいる。ましてや、凛月と嵐はknightsに所属するアイドルだ。あそこには、大親友のレオと借りが多すぎて頭が上がらない泉がいる。背が低くて赤と白色のオッドアイの女の子と聞いて二人が真っ先に思い浮かぶのは夏見しかいない。

逃げる程嫌がる理由が解らない三人に訝しげに見られて言い訳を必死に探す。冷や汗がタラリと流れた。すると、そこへ―――



「転校生ちゃん」

「!」



救いの手と言って良いのだろうか。

夏見の窮地に現れたのは、夏目だった。



「渉にいさんが昨日驚かせて気絶させた事を謝りたいって言ってたかラ、ボクと一緒に来テ」



夏見にしか聞こえない程度に小声で「ボクに合わせて」囁き、小さく頷いた。



「一緒にって、もう休み時間も終わっちゃいますけど……」

「良いんじゃなイ?ボクは困らないシ」

「ええ…」

「おい、逆先。お前が困らなくても転校生が困るだろ。転校初日は…まあ、あれだけど、」

「だからネ、サリーくん。それを渉にいさんが謝りたいから連れて行くノ。先生には後で適当に言い訳を考えてあげるからおいデ」

「うわっ」



引き止める真緒の声を無視して急に歩き出した夏目に引っ張られる形で教室を連れ出されと同時にチャイムが鳴った。生徒達が次々に教室に戻って行く中、二人は廊下を歩いて演劇部の部室へと向かう。途中、空き教室の前で夏目は止まった。



「良かっタ。間に合っテ」

「ありがとう夏目。助かったよ」

「そんな眼鏡掛けるからだヨ。誰だっテ、眼鏡の下に素顔を気にすル。人間は知りたがりな生き物だからネ…」

「一番手っ取り早かったのがこれだったし」

「いいけどネ。…取りやすいシ」

「あ…!」



左の人差し指をブリッジに引っ掛け、夏見の眼鏡を奪った夏目は返してと迫る夏見を壁に押し付けた。背中を強く打ったせいで痛みで顔を歪ませた。



「いた…夏目………っ」



目を見なければ良かった。綺麗な金色が何処か暗い。…それに危険な色をしていた。知っている色だった。一年前毎日自分に向けられた色。昨日、零に向けられた色。



「ホント…一年待った甲斐があったヨ。誰もねえさんの話をしなかった割ニ、ずっと待っていたんだかラ」

「夏目…っ」

「もうボクたちを置いて行かないよね?ねえさん…」

「んん、」



特徴的な話し方が言葉が脳に残る話し方に変わった。夏目に何かを言おうとした前に唇を塞がれた。微かに開かれた口内へ強引に舌を入れ…夏見に気付かれない様、眼鏡を夏見のスカートのポケットに入れると華奢な身体を抱き締めた。痛い位抱き締められ、息をする暇もない程激しいキス。ふと、昨夜の零の言葉を思い出した。

何度も嫌だと泣き叫ぶ夏見を押さえつけ、強引に行為を進める零が零した。



『ああっ、あああ!いやぁ、れいぃ、やめてたすけてぇ…!』

『だから、無理。一度逃げたお前がまた逃げない保証が何処にあるんだよ。今だって、何で抱かれてるか理解してね〜だろ』



一度逃げた夏見が二度逃げない保証は何処にもない。少なくとも、彼等の中には。



「んん…あっ…」



漸く終わった頃には、自分では立っていられない位足が震え、夏目に抱き締められているお陰で立てる状態となった。行方不明となった生徒を無事見つけ出す事が出来ればすぐにでも学院から姿を消す算段だったが…



「(バレたら何をされるか分かんないな…いっそこのまま、夢ノ咲学院のプロデューサーとして卒業するのもありかもしれない)」



学年は一つ違っても。

まだギュウギュウと抱き締める夏目の背中をポンポンと叩いた。



「夏目…渉くんのとこ行かなくていいの?」

「本当は放課後だからネ。ねえさんを助ける意味で使っただケ」

「だと思った。…あ、」



制服のポケットにある携帯が震える。夏目に離してもらい(不満そうだが)、ディスプレイ画面に表示された名前に首を傾げた。相手はナオミだった。夢ノ咲学院のプロデューサーに扮しているのは事務員の彼女も知っているし、今の時間は授業中だというのも分かる筈。どうしたのだろうと思いつつ、夏目から少し離れて電話に出ると。



「もし『夏見さん朗報ですわ!』…はい?」



朗報?

まさか、行方不明の男子生徒が見つかったのだろうか。

そんな淡い期待を抱くと、



『夏見さんが以前、一時間並んで買えなかったと嘆いていた苺タルトが夢ノ咲にある[ALBIBIA]にもあるらしいんです!』

「!!」



淡い期待は消えたが、代わりに、大きな期待が夏見の中に生まれた。ヨコハマでは買えなかった苺タルトが夢ノ咲にあるとは…それも一年前よく行ったカフェに。でも、何で今?と首を傾げると。電話の向こうから、ナオミ以外の声が聞こえた。



『今夏見ちゃん授業中じゃないの?』

『あ、そういえば…。数コールして電話を切るつもりでしたので気付きませんでしたが、夏見さん授業の方は』

「少し事情があって抜け出してるんです。今の声は春野さんですね」



ナオミと同じ事務員の春野の声だった。有り難い情報有難うとお礼を言って電話を切った。と、同時に夏目に背後から抱き付かれた。



「終わっタ?」

「待たせたね」

「ちらっと聞こえたけド、[ALBIBIA]ってあれかナ、今朝子猫ちゃんが言ってた苺タルトの事かナ」

「そうだよ!ヨコハマじゃ買えなかったけど、今回は絶対に買う!」



今度こそ絶対に!意気込みを見せる夏見を見る夏目の目は些か冷ややかで…。ど、どうしたの?と夏見が夏目に訊くと…



「相変わらず食べ物に関しては熱を上げるよネ」

「そ、そりゃあ食べるのは好きだし、苺は大好物だし」

「そうだネ。ねえさんはフルーツが大好きだったネ。…いいこと思い付いタ」

「………」



こんな時の夏目のいいことは大抵録な事が無い。何度も身を以て体験しているから分かる。だが、敢えて触れないでおく。授業が始まってまだあまり時間は経っていないが戻るのも何だか億劫だった。夏目に抱き付かれたまま、時間をどう過ごそうか考えていると「ねえさン」と夏目に呼ばれた。何、と言う前に近くの空き教室に連れられた挙げ句―――古びた机に押し倒された。強く打った背中の痛みに顔を歪ませるも、見上げた夏目の顔を見てその気も失せた。

昨日の零と全く同じ瞳で夏見を見下ろす夏目の手が制服を脱がしに掛かった。

顔を青ざめ、止めさせようと抵抗した。が、簡単に両腕は掴まれ、自分のネクタイで縛られた。



「やっ…夏目…」

「怖がらなくていいヨ。ちゃんと気持ち良くしてあげるかラ」



そういう事を言いたいんじゃない。言葉にしたくても出来ない。小刻みに震える夏見に構わず、ブレザー、ワイシャツのボタン全部を外し、前を開いた。雪の様に白い肌には似つかわしくない赤い華が幾つも胸に咲いていた。



「これ付けたの零にいさんかナ?相変わらずだネ。ねえさん知ってタ?ねえさんに付けるキスマークが全部ねえさんがイった回数分だって事」

「!!」



顔を真っ赤に染め上げた夏見の反応を見て、どうやら知らなかったらしい。確かに、行為の度に印を付けられていた。それも沢山。けれど、それがまさか自分が絶頂した回数を示していたなんて…。羞恥で顔だけでなく、耳まで真っ赤に染め上げた夏見を愉しげで可愛いものを見る様な色で見下ろす夏目。



「付ける場所もそれぞれねえさんに抱いている感情そのものなんダ。…こんな風ニ…」

「あ…!」


首に顔を埋めたかと思うと一ヶ所を強く吸われた。チクリとした痛みに声を上げた。そこだけを吸ったり舐めたりして顔を離すと胸にある華と同じ華が咲いていた。キスをする場所によって相手が自分に抱く感情は変わる。

首へのキスは「執着」

胸へのキスは「所有」

夏目と零が夏見に抱いている感情そのものだ。

下着越しから豊満な胸を揉まれ、首を舐められる。擽ったい感覚が押し寄せ、微かに声が漏れる。時折、夏目に口付けられながらも必死に訴えた。



「なつ、め、こんな事しちゃだめっ」



昨日、時間を置いたとは言え、零に2回抱かれている。体力も消耗しているし肉体的にも疲労はあった。しかも、毎夜抱かれるのは決定事項になっていた。逃げれば良いだけの話だが逃げて捕まったら更に酷くなる。

更に、今は新しいプロデューサーとして戻って来た。初日はアレとして、2日目も授業に出ないのは色々とマズイ。そう夏目に訴えたが背中に手を回され下着のホックを外されて胸を露にされた。



「だから何?ボクに目を付けられた可哀想な転校生を演じればいいだけだヨ。…ん、」

「ひゃあっ!ああ…っ!だ、めぇ」



赤く尖った飾りを口内に含まれ、舌で弄ばれる。

もう夏目に何を言っても無駄。

行為が始まって夏見が何を言おうと最初から止まる事はないので最初から諦めたらいい。

良くて昼まで、最悪一日の時間が潰れるのを悟り、夏目の好きにさせるのだった。





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