あの日以来の連絡




一人しかいない教室はとても静かで、とても寂しい気持ちにさせる。一年前姿を消して以来一切連絡を寄越さなかった友人から、急に連絡が来たのは昨日の朝。丁度、教室に着いた頃。携帯に表示された名前を見て戦慄したのは初めてだった。急ぐ必要はきっと無かったのに、教室を飛び出して一気に屋上まで駆け、息を整えて電話に出た。走っている最中、『生徒会』に見つからなくて良かった。


「…もしもし」

『久しぶりなずちゃん。元気してた?』

「ああ、元気だぞ。お前は?」

『元気だよ〜。とってもね』

「そっか」


最後に会った時、元気とは程遠い状態だったのに、電話越しから聞こえる声は初めて会った時と何ら変わりない…元気その物。


「でも、どうしたんだ。嬉しいけど、連絡するならおれより、他にしなきゃいけない相手がいると思うぞ」

『…あー…うん…そうだね……そうなんだけど…』



歯切れの悪い言い方にこれは厄介事を持ち込んで来ると確信した。こういう時は、大体厄介な事になった。



『…今日、放課後デートでもしない?』

「零ちん達に知れたら怖いな〜」

『なずちゃんには何もしないよ。薫ちゃんは分からないけど』

「あはは」



自分よりも、いや、誰よりも電話越しの相手に会いたがっているのが彼等だと知っている。知っていても、相手は言わないでと言う。電話では深く追及しない事にしたなずなが電話を切ろうとする前に相手は、



『あ、なずちゃん!』

「ん?」

『なずちゃんの声、やっぱり綺麗だね』

「…うん。ありがとう。じゃあ、放課後繁華街にあるカフェで会おう。電話しときながら逃げるなよ……えっと…どっちで呼んだらいい?」

『うん?『怪物』はもう死んだんだよ。本名で良い』

「『怪物』は死んでない。ただ、眠ってるだけ。そう言ってた」

『……そっか』



あの日、舞台に姿を現さなかった本当の理由を知るのは、『五奇人』以外には『五奇人』の関係者しかいない。

なずなは電話を切り、一年ぶりに会う友人の事をきっと誰よりも会いたがっている彼等に知らせたかったが向こうの事情を知る為に、内緒で知らせるのは後で良いだろうと今は黙っておく事にした。




********



探偵社がある建物の屋上で電話を終えた夏見は携帯を閉じて柵に凭れ、座り込んだ。緊張した。電話に出てくれなかったら如何しよう、嫌われていたら如何しよう、話を聞いてくれなかったら如何しよう、嫌な予感ばかりを抱いて電話したが相手は前と同じ様な態度で接してくれた。一年前と違って、声は確り聞き取れるし、ハキハキしていた。元気にしていると知って安心した。



「『怪物』は死んでない、眠ってるだけ…か」



そう捉えている人間は『怪物』を心底愛していた彼等しかいない。



「…」



夏見の脳裏に一人の少年の顔が映った。だが、直ぐに消したくて頭を横に振った。『今』と『記憶』を行き来しないで済むのは思い出さない事だと漸く気付いたのにまた思い出しては、周りの人達に迷惑を掛けてしまう。膝を立てて、顔を埋めた。

大切だった。『五奇人』と呼ばれた彼等が自分を大切にしてくれた様に、少年もまた夏見にとって大切だった。なのに、少年は居なくなった。夏見の目の前で―――。



『ねぇ、―――くん。鳥が空を飛ぶのは何でだと思う?僕はね、やっと分かったんだ。鳥はね―――』



最後の言葉を思い出さず、顔を上げて空高く飛び続ける鳥を見上げた。



「…君の言う通りだね『ジロー』くん」



何処までも自由に空を飛び続ける鳥を羨ましく思いながら、呼びに来た鏡花と探偵社に戻った。





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