静かな欲と眩しい笑顔




帰ってきた。愛しい『怪物』が帰ってきた。一年前とは違い、愛らしい姿でやっと帰ってきた。棺桶の中で眠る零は、ある光景を夢見ていた。

晴天が広がる屋上には、愛しい『怪物』と零ともう一人いた。最初にいたのは零以外の二人で、途中から割り込む形で中に混ざった零の存在を一人はずっとビクビクと怯えていた。怯える様な事をした覚えはないが今の状況を考えるとそれは仕方の無い事なのだと諦め、探していた存在の隣に座った。



『ったく、何度言わせんだてめ〜は。どっか行く時は俺に一声掛けろって言ってんだろ』

『心配し過ぎ。っつか、どんだけ信用されてないの俺!?勝手にいなくなったりしないって…』

『なら、ちょっとは安心させろ』

『え〜…あんまり零ばっかりに構ってると他の人と会えなくなるからヤダ』

『あ?』

『…ウソゴメンナサイナンデモアリマセン』



『怪物』が少しの間自分の側を離れるのを良しとしなかった零にしたら、反抗的で中々言う事を聞かない『怪物』に苛立ちを隠すのは無理で…言い返す度に苛立ちを露にし、無理矢理言う事を聞かせていた。完全に主人と奴隷な関係の二人を見ていられない、特に友達が横暴な『魔王』に言う事を聞かされている事に納得がいかなかった。零に怯えながら、二人の間に割って入った彼はこう言った。



『ぼ、僕の友達は、さく…ま…先輩の……朔間先輩の奴隷じゃありません!朔間先輩の都合を僕の友達に押し付けないでくださいっ!』



長身の零と中学一年の時に成長期が止まって良く小学生と間違えられる彼の体格差は、誰が見ても分かる通り大人と子供。両手を広げて、『怪物』を守ろうと『魔王』の前に立ちはだかった小さな彼を『勇者』と例えよう。立ち上がった零に見下ろされ、今にも泣き出しそうな『勇者』は、後ろに庇う『怪物』が何を言ってもそこから退こうとはしなかった。

『はぁ…』と溜め息を吐いたのは零。馬鹿らしくなったのか、幾らか冷静さを取り戻したのか、微かに放っていた殺気が無くなった。意地でも自分から視線を離そうとしない『勇者』の後ろで気まずそうに見上げてくる『怪物』に、



『…放課後、生徒会室まで来い』



と言い残し、『勇者』の黒い頭を撫でて屋上を去った。

あの時の零は『怪物』を他の誰かに取られたくなくて必死だった。『五奇人』と呼ばれた仲間達といてもそうは思わないのに、それ以外の誰かといる『怪物』を見ていたら取られてしまうと思い込み、ずっと自分の側にいさせた。零のそんな不安定な心を知っていた『怪物』も、出来る限り零の側にいたが彼にも他の友人がいた。友人に呼ばれれば行かないといけない。理不尽だと分かっていながら、言う事を聞かなかった時は誰もいない場所や『秘密の部屋』に連れ込んだ。酷い時には数日間監禁した事もあった。



「酷い事をしたと分かっているのに…今でもあやつのせいにしている我輩がいる…。…愛しすぎた故に自由を奪ってしまった…それでも―――また帰って来てくれた。俺達が愛した『怪物』の姿じゃなくても、俺達を愛した可愛い少女(夏見)の姿でなら、…」



言葉の続きを紡がず、まだ眠い瞼を落とした。

接触する手段は幾らでも用意出来ている…。





********



学院の中を散策していた所、作曲に没頭し過ぎて裏庭で倒れていた『王さま』を発見して驚き、更に相手を間違えてドッキリを仕掛けた渉くんのせいで気絶してしまった転校生は、『王さま』共々渉くんに保護されたが中々目を覚まさず。放課後になっても起きないので誰かに起こしてもらおうと後輩のいる2-Aに突入。…うん。渉くん…、レオは同じユニットのなるいずくんが回収してくれたから良いけど私はどのタイミングで目を覚ましたら良いのかな。そもそも、君の書いた台本に私がどのタイミングで目を覚ますかは書かれてなかったけど。後輩に託した後が書かれてなかったけど!絶対面白がる為に書かなかったな!



「どうしよっかホッケ〜。変態仮面さんはさっさといなくなっちゃったし、転校生は起きないし」

「あの変人の行動だけは永遠に読める日は来ない。むしろ、読みたいとも思わん。今は転校生の目を覚めるのを待つのが良いだろう。無理に起こしてパニックを起こしたら余計申し訳がない」



……ゴメンね、ひーくん。全然、ひーくんのせいじゃないのに。

自由変人の名を思うままにする先輩に苦労している後輩の中でひーくんの右に出る者はいないのではないだろうか。真緒ちゃんの苦労性とはまた違ったものだ。近くで皆がオロオロしている気配を感じ、ここらで起きても良いかなと目を開けようとしたのだけど、不意にスバルくんがこんな事を口走った。



「転校生の掛けてる眼鏡ウッキ〜のより度がキツそうだよね〜。しかも、一昔前のギャグ漫画に出てきそうな眼鏡だし」



太宰さんに渡されて思ったけどあの人何処でこの眼鏡を入手したんだろうか。まあ、マフィア時代なら何でも好きな物を入手出来るだろうけど。国木田さんに掛けさせて遊びたいから、この眼鏡は死守しなければならない代物なのだ。度が偽物な割に、本物に近い作りなのは流石としか言えない。でも、お陰で目の色を隠せる。私の今の目の色を見て『怪物』だと思う人は何人かいるのだ、此処にいる彼等にも数人いる。

眼鏡外してみようと提案するスバルくんの声を聞き、目を覚ますタイミングはここだと悟った私はついさっき起きた様に振る舞った。



「ん…?だれ…」

「おっ!起きた!」

「ふわ〜あ………あれ、朝早く来すぎたから散策して、それから…の記憶が全然ない…」

「えーっと…大丈夫?」



心配そうに顔を覗き込んだ顔は女の子の顔。彼女が今年初めて来た『プロデューサー』か…。見た目は、何処にでもいる普通の女の子。こんな子が『生徒会』に反旗を翻し、夢ノ咲学院に革命をもたらしたのか。

違うか。『Trickstar』と彼女が学院の自由を取り戻したのか。『怪物』と呼ばれた当時なら、革命を成し遂げた彼等にどんな言葉を掛けたのかな。それすらもどうでもいいと思ってしまうのは、私の心がまだ壊れたままだからか、それとも単に面倒なだけなのか…。



「はい…たぶん…。…あのー、今ってもう放課後ですか」

「う、うん。君が今日から来る新しい『プロデューサー』でいいんだよね?」

「多分そうだと思います。はあ…初日から何でこうなるんだろう」

「運がなかったと思うしかない。こうなった経緯を説明しよう」

「ホッケ〜、その前に保健室連れてってあげようよ。一応、佐賀美ちゃんに診てもらった方がいいしさ」

「そうだな」

「立てるか?」

「ありがとう」



真緒くんに手を借りて立たせてもらい、スカートに付着した埃を払い落として、こっちこっちと先頭を歩くスバルくんに付いて行った。と思えば、くるりと此方を向いた。



「まだ自己紹介してなかったね!先に君の名前教えてよ!」



キラキラ輝くスバルくんの笑顔は、一年前よりも更にキラキラしてとても綺麗で―――眩しい。



『―――くんは鳥が空を飛ぶ理由を知ってる?』



君にも見てほしかった一番星の如く輝く笑顔がそこにある。



「私の名前は佐藤##NAME1##。これから、よろしくお願いします」





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