粉々になった後の姿



さらさらと風に靡く白銀の髪

顔の半分を隠した黒い仮面

人間離れした身体能力

観客をあっという間に虜にし、心を喰らい尽くさんばかりの凶暴で暴力的な歌声

常に無茶苦茶な行動を見せ、『生徒会』を大層苦しめ、嘗て無数に蔓延った『ユニット』を喰らい尽くした彼は『怪物』と恐れられる様になった。

だが、何時しか『怪物』は『臆病者』と呼ばれる様になった。同じユニットの友人に聞いた話を『王さま』と呼ばれている彼は信じなかった。『怪物』と不思議な友情で結ばれていた彼は『怪物』を心底大事にしていた『五奇人』がそんな噂を許すとは思わなかった。が、『五奇人』の一人に聞いたら肯定された。敵から、舞台から逃げた彼は『臆病者』のレッテルを貼られた、と。

久し振りの学院に戻った矢先内部粛清を強行し、激闘の末敗けた『王さま』は仲間の願いもあり、今も自分が作ったユニットにいた。

今日もインスピレーションが湧いたと言って辺り構わず作曲を始めた彼ーレオがいるのは校舎裏の中庭。作曲を始めればもう誰にも彼を止められない。唯一止められた人物はもういないのだから…。…それでも、信じていればいつか帰ってくる気がしていた。きっとそれはレオだけじゃない、彼を待つ者皆同じ願いを抱いていた。

皆―――『怪物』の帰りを待っている









『―――が作詞という骨組みを作って、おれが作曲という肉付けをする。おれ達が作った曲を聞いて戦慄しろ!そして平伏せ!わははは!』

『おいおい…それじゃあ完全に悪役の台詞になってるけど。ま、『殿様』らしくていいけどさ』



『五奇人』に愛され、『皇帝』に壊された愛しい『怪物』に会いたい―――。











「ん…?」



ふと、眠りから目を覚ましたレオの視界に広がるのは、彼がセナハウスと呼ぶスタジオの天井。確か校舎裏の中庭で作曲をしていた筈。何時ここに来て寝たのかが記憶にない。にしても随分と懐かしい夢を見た。あんな夢を見たら、余計会いたくなってくる。

最後に膝枕をしてもらった夢を見たのを思い出した。夢の中なのに頭や頬を撫でられた感覚が何故か残っていた。不思議な感覚に陥っていると頭上からひょっこりと同い年だが二年生の凛月が顔を出した。



「おは〜『王さま』。まだ寝てる?」

「う〜ん…目ぇ開けながら寝てる」

「器用だねえ。まあいいや、セッちゃん『王さま』起きたよ」



凛月はレオから離れたと思うと後ろにいる誰かに声をかけた。次にレオに顔を見せたのは一番付き合いの長い泉。端整な顔に似つかわしくない、眉間に皺を寄せた状態で開口一番―――



「ぶっ倒れるまで作曲してんじゃないよ。他人に迷惑を掛けるのはいつもの事だけど」

「あ、セナ」

「『あ、セナ』じゃないっての」



何処までも我を行くレオに頭を痛くするのは何時も泉。ふと、夢での感覚が未だに消えないレオが泉に問うた。帰って来てないか?と。その一言だけで『王さま』が誰の事を言っているのか察し、まだその表情のまま答えた。



「帰って来てる訳ないでしょ。あいつがいたらうるさくてチョ〜迷惑だし」

「え〜セナあいつと仲良かっただろう?」

「『王さま』を一発で見つけられるのはあいつしかいなかったから仕方無くだけどね」



名前を言わない誰かの会話をするレオと泉の声を聞きつつ、あんずが作ってくれた寝床で横になった凛月も二人のせいで彼を思い出していた。正直言うと凛月は彼が嫌いだった。兄である零と同じぐらい。なのにやたらと構ってくるから鬱陶しくて仕方なかった。彼が凛月に構うのは零の弟だから。用も無いのに弟くん弟くんとうるさかった。思い出せば一度も名前で呼んでもらった覚えがないのに、どうしても忘れられない光景があった。

あれは『fine』との対決から逃げ、皆から『臆病者』のレッテルを貼られた彼をガーデンテラスで見掛けた時。彼の棄権を申し出た零以外誰も舞台から逃げた『怪物』の所在を知らなかったのでこんな所にいるとは思わず、折角昼寝が出来そうな場所を見つけられたのにと一人不貞腐れる凛月だったが、ガーデンテラスのベンチに座っている彼の様子がおかしい事に気付いた。何がおかしいかは直ぐに分かった。常に着けている仮面を外した素顔があったからだ。初めて見た彼の素顔。凛月と零と同じ真紅の瞳と真っ白な瞳。『怪物』と呼ばれているにしては綺麗で何処と無く女の子の様な顔立ち。

凛月が忘れられないのは素顔を見たからじゃない。彼の―――『怪物』の底の無い空虚な瞳を見てしまったから。目の前には色鮮やかな花が咲き誇っているのにも関わらず、赤と白の瞳は花を映してはいなかった。もっと別の、何かを捉えていた。得体の知れない恐怖が身体を縛り付け、視線を釘付けにした。茫然と立ち尽くす凛月に気付く事なく、ふらりと立ち上がった彼はガーデンテラスを去ろうとしたが奥の方から零が出てきた。ずっと彼を探していたのか、息が荒く、見つけるなり、



『勝手に外に出るなって言っただろ!只でさえ今てめ〜は外に出れる状態じゃないってのに』

『……』

『あ?外の空気が吸いたかった?窓開けて換気しろ。…ったく、学院中走らせやがって。後でちゃんと介抱しろよ?陽浴び過ぎてフラフラする』

『……』

『…怒ってね〜よ、身体中の体温が無くなるぐらいヒヤってしただけ。外に出たくなったら俺に言え。他の奴には連絡するな。今のお前を…あいつらに見せる訳にいかね〜から』



一人で喋っている様にしか凛月には見えなかったが、単に彼の声が零にしか聞こえない程小さかった為そう見えただけ。一通り言いたい事を言うと零は白銀の髪を撫で彼を連れてガーデンテラスを出た。



「(あの時のあいつも兄者も普通じゃなかった。ま、俺には関係ないし興味は……無くはないか)」



大きな欠伸をして寝返りを打ち、これ以上レオに何を言っても無駄だと悟った泉が次の仕事に使う曲は出来たのかと聞いたのと同時に、ほんの少しだけあった『怪物』とのとあるほのぼのとした記憶を思い出した。





<< >>
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -