よっつめ
└十一
―そして話は進んで、坂本様に嫁ぐ前夜。
「美津」
「はい、お父さん」
父に呼ばれて、狭い部屋に二人向き合う。
こうしてこの家で過ごすのも最後だと思うと、鼻の奥がつんっとなった。
なんだか上手に父の顔を見られなくて……
ついつい俯いて、畳の目の数を数えてたっけ。
「これ…持って行け」
「え…?」
スッと包みを差し出されたの。
思わず視線を上げて父を見ると、彼はいつもの優しい笑顔を浮かべてた。
そして包みを開けてみると…
「お、お父さんこれ…!」
そこにはいくらかのお金があって。
どう考えても、この家で用意できるような金額じゃなかった。
「どうしたの、こんなに…!?」
「…お前も知ってる通り、うちは貧乏だ。嫁に行く準備も…着物ひとつも持たせてやれねぇ」
「…!それは…」
だって、それは私の薬代のために亡くなったお母さんの着物を売らなきゃならなかったからで…
それでも足りなくて、私が小さかった頃よりお店の商品だって減った。
「美津…」
「…う…っ」
「…大きくなったなぁ…母さんそっくりな美人になった」
お父さんはニコニコと笑う。
その目尻に涙を浮かべて。
「美津…幸せに…幸せにな…」
豊かな暮らしをしている人から見たら、大した金額じゃないのかもしれない。
貧しい暮らしを笑う人もいるかもしれない。
それでも私には、山の様に積まれた絹の反物や大判よりも価値のあるものだった。
(…私は幸せにならなくてはいけないんだ)
ここまで育ててくれた両親のために、こんな私でもいいと言ってくれた坂本様のために。
そして私自身のために。
それが私にできる唯一の親孝行だ。
―そう、思っていたの。
この夜までは。
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