よっつめ
└十
――私は元々この町の生まれで…
父は小さな商店を営んでたの。
母は私を産んですぐに亡くなって、父が男手ひとつで育ててくれた。
私も幼い頃からあまりからだが丈夫でなくてね。
決して豊かな暮らしではなかったけれど、体調が悪いときには無理してでも父は薬を用意してくれたの。
母がいない事で寂しく思うこともあったけど…
その分、父に大事に育てられて幸せだった。
でも、時折襲ってくる胸の苦しさに、私はお嫁に行ったり子供を持ったり…
そういうのは無理なんだろうって、心の隅で思っていたの。
そんな暮らしが何年か過ぎたある日。
父が私に縁談を持ってきたのよ。
お相手は同じ町の反対端にある、大店の一人息子だった。
なんでも前の奥様が亡くなって、やっと前向きになれたから…と、後妻さんを探してるとの事。
「で、でもお父さん、私のこの体じゃ…」
「それが…お前の体のことを話したのだけど、それなら薬代はこちらに任せてくれとまで仰ってくれているんだ」
「えぇ!?」
「ゆっくり養生しながら奥方やってくれればいいって…」
まるで夢のような話だと思った。
こんな私に、手を差し伸べてくれる人がいるんだと…
「…美津(みつ)、お前だって幸せになっていいんだ」
「お父さん…」
「元気になれば、お前だって子を持てる…楽な暮らしはしてやれなかったけど、坂本様のお宅ならきっと幸せになれる」
「でも、お父さんが一人に…!」
父はいつもの人の良さそうな笑顔を浮かべて私を撫でた。
「大丈夫だ!俺はまだまだ元気だ!心配するな、美津!」
「……っ」
…本当に幸せだと思った。
母が亡くなっても、優しくて頼もしい父がいた。
体が弱くても、豊かな心を育ててくれた。
私はとても幸せ者だ。
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