よっつめ
└三
私は再び窓に身を寄せて、あの老木を眺めた。
『…結、危ない』
「…………」
身を乗り出してる私に、薬売りさんはそっと肩に手を置く。
「…なんだか、寂しい話ですね」
『…………』
「心なしかあの桜も…」
『……?』
あの桜も、悲しそうに見える。
そう思ったけど。
なんだか子供のようで、薬売りさんに笑われそうだから。
思わず口を噤んだ。
『……まぁ…』
「え…?」
『色んなものに心を寄せるのは、結の良いところだと思いますよ』
「………」
『…ほら、危ないから乗り出すのをやめなさい』
言葉にできなかった気持ちなどお見通しというように、薬売りさんが私の肩を引き寄せる。
そして宥めるように指先を頬に滑らせた。
『人間に命の限りがあるように、植物にもそれはあるんですよ』
「…はい…」
『いつか朽ちて倒れるよりも、次の代にその場所を譲るのも潔い最期でしょう』
薬売りさんは静かにそう言うと、キュッと肩を抱く手に力を込める。
そして、フッと笑いのような息を漏らした。
(…ん??)
『それに…』
すぐそばの彼を見上げると。
(う…っ)
さっきまでの和やかな雰囲気はどこへやら。
薬売りさんはいつもの意地悪な笑みを唇に浮かべていた。
『さっき女将の言っていた話…あながち噂ってことも無いんですよね』
「お、女将さんの言ってた話?」
『…屍桜、ですよ』
「!!」
ボソッと耳元で呟くと、薬売りさんはニヤリと笑う。
「し、屍って…」
『"古い桜は人の血を啜って綺麗な花を咲かせる"…もしくは"満開の桜の下には屍が埋まってる"とも言いますね』
「!!!!」
ゾゾッと寒気が走って身を強張らせる私を見て、薬売りさんは更にくつくつと笑いを噛み殺した。
「し、屍なんて…こんな町中で!」
『…さぁ?どうでしょうね』
「あるわけ…!!」
そうは言ってはみたものの…
ちらりと覗き見た窓の外。
既に葉の一枚もつけていない桜の枝が、不穏に揺れた気がして…
「…っ」
私は思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。
二ノ幕に続く
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