よっつめ
└二
「…あれ?」
ぼんやりと眺めていた川べりの一角。
大きな木のある所は、誰も人がいない。
まるでその周囲を避けるように人々が屯っている。
『…どうしたんです?』
「あ、薬売りさん…あの木なんですけど」
首を傾げる私を不思議に思ったのか、薬売りさんが隣に並んで外を眺めた。
私の指差す先を見て、ふむ、と小さく零す。
『桜、ですかね』
「へぇ、桜…!あんなに立派な木になるんですね!」
『えぇ…しかし古い木ですね』
川べりの桜の木は、他の木々と比べて大きく立派で。
でも、心なしか生気が無いように見える。
花の季節じゃないせいもあるのだろうけど。
どこと無く、寂しそうにそこに佇んでいた。
「あぁ、あの桜…昔はたくさんの花を咲かせたそうですよ」
私達の様子を見て、女将さんが声を掛けてきた。
「今はもう咲かないんですか?」
「そうなんですよ、私達の母世代の頃は満開の桜を咲かせて。それはそれは綺麗だったそうで」
「へぇ…やっぱりもう古いのかな…?」
女将さんは目尻の深い皺を更に深めて笑う。
「もうここ十数年花はつけてないんですよ…それに…」
「え?」
急に神妙になった女将さん。
何事だろうと聞き返せば。
「…古い桜はね、人の…人の血を啜って綺麗な花を咲かせる、って言われてるんですよ…」
「っ!?」
低ーい声で囁かれた言葉に思わずビクッとしてしまった。
女将さんがニヤリと笑うと、背筋を冷たいものが走る。
『…ふっ』
「!!く、薬売りさん!」
ビクビクした私が可笑しかったのか、薬売りさんがたまらず小さく吹き出した。
女将さんもまた元のニコニコ顔に戻っている。
「まぁそういう噂もあるってことですよ。実際ね、花を咲かせなくなってただただ古いだけの老木は倒れそうで危ないし…少し不気味ですから…最近はあまり人も近付かないんですよ」
「そうなんですか…」
「それに、もうじきあの桜も無くなるんですよ」
「え…」
私達の浴衣を用意しながら女将さんはフッと外を眺めた。
「きっともう限界なんでしょうね…、中はもう朽ちているんじゃないかって植木屋も言ってました」
『…倒してしまうんですか?』
薬売りさんの言葉に女将さんは静かに頷く。
「代わりにね、躑躅と楓を植えるそうですよ」
『………』
「来年には見違えるようになるでしょうね、物見の客が増えるだろうって町のみんなも喜んでるんですよ」
女将さんはそう言うと一礼して部屋を出て行った。
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