よっつめ
└一
― 一ノ幕 ―
「こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
気の良さそうな女将さんに案内されて部屋に入る。
見晴らしのいい二階の部屋。
窓から気持ちのいい風が吹き込んでいた。
「わぁ…!近くに川が流れているんですね!」
「えぇ、春には物見のお客さんで賑わうんですよ。これからの季節には紅葉なんかも」
「そうなんですか」
女将さんと話していると、薬売りさんが呆れたように笑いながら薬箱を下ろした。
『紅葉の季節にはまだ早そうですね』
「そうですね、あと一月くらい後でしたらねぇ」
薬売りさん達の会話を聞きながら、窓辺に近寄ってみる。
賑やかな通りのすぐそばに川がゆったりと流れている。
その川べりでは子供から大人まで、水切りをしたりお団子を食べながら楽しそうに過ごしていた。
高砂組の町を出た後、薬売りさんはひとつ隣の町へと来た。
暑い陽射しがだいぶ和らいで朝晩は少し肌寒い。
歩きながら思い出すのは、容子さんの不器用な笑顔だった。
「容子さんと信介さん達、もう実家の方に着いたでしょうか?」
『さぁ…彼女の実家がどの辺りか聞いてないからわかりませんが…』
「あ、そうか…でも…上手に笑えてるといいですね」
私がそう言うと、薬売りさんは目を細めて私の頭を撫でる。
そしてニヤリと笑って続けた。
『まぁそれも気になりますが…若旦那のその後も大いに気になりますね』
「あぁ…ははは…」
彼の頬を叩いた掌がピリッと痛んだ気がして私は苦笑いを返した。
あれから小夜さんはもうろくろ首になっていないだろうか。
あの時の赤く濡れた目は忘れられそうに無い。
"嫉妬に狂う"とは言うものの…
「………」
思わず隣の薬売りさんをチラリと見やる。
私も…
いつかあんな風に嫉妬に泣く日が来るのだろうか…
「……いぃっ!?」
『…何です、人の顔を見て眉を顰めるとは』
「いひゃいいひゃい!!」
不機嫌そうに唇を歪める薬売りさんは、いつも通り私の頬を抓り。
(…なんだか縁遠い心配かも…)
私は安堵なのか諦めなのか良くわからない溜息を、こっそり零し。
なんやかんや、私たちは和気藹々としながらこの町に着いたのだった。
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