ふたりぼっち | ナノ




みっつめ
   └三十一



もうすっかり明るくなった通りを薬売りさんと歩く。

初めて来た日と変わらず、町はたくさんの人で賑わっていた。



――私達が高砂組に戻って、荷支度が済んだ頃に銀二さん達は戻ってきた。


私も戻ってきて気がついたのだけど、容子さんはその日の朝食を支度してから家を出たようだ。

卓袱台の上にはしっかりとみんなの分の食事が並んでいた。


そこには容子さんの糠漬けと煮物もあって…




「やっぱり女将さんの料理は美味いなぁ」



みんなちょっと涙目になりながらそれを頬張っていた。




「でも女将さん、すぐに糠漬けの追加を届けてくれるって言ってたもんな!」

「あぁ、俺たちじゃ糠床の世話ができねぇし…信介が走って届けるってよ!」

「あはは!あいつなら本当にやりかねねぇな!」



少ししんみりした雰囲気を、明るくして。

その姿が容子さんへの感謝と尊敬の思いを表しているようで、私の胸はまた熱くなった。




「女将さんも信介たちも行っちまって…薬売りさんたちも同じ日に行っちまうなんてなぁ」



高砂組を出ようとする私達を見送りながら、佐治さんが目を潤ませる。



すかさず銀二さんに


「情けねぇ」


ぽかっ

「いで!」


ゲンコツされてたけど…




「本当にお世話になりました。お家の完成まで見られなくて残念です」

「こっちこそ信介の怪我だろくろ首だって騒がせて悪かったな」

『…これ、少しですが切り傷、擦り傷、打ち身に効きますから』

「お、こりゃありがてぇ」

「またこっちの方にきたら高砂組に寄ってってくださいね!」

「はい!ありがとうございます!」



そうして私たちは賑やかに見送られたのだった。




「いい町でしたねぇ」

『えぇ、ろくろ首騒ぎさえなければね』

「う……あ、そう言えば」



私はのんびり歩きながら隣の薬売りさんを見上げた。




「いつから小夜さんがろくろ首って気付いてたんですか?」

『あぁ…初日ですよ。確信したのは町の人の噂話を聞いてからですけど』

「え!?そうなんですか!?どこか怪しかったっけ…??」



薬売りさんは目を丸くする私を見てニヤリと笑う。




『通りでいちゃついてる時に私達に会ったでしょう?』

「い、いちゃ…はい」

『あの時、彼女は信介さんと佐治さんを見て奥に引っ込みましたよね』

「はい、確かそうでした」

『そこが不自然な感じがしたんですよ。普通ならあんなに好きな男が動揺してたら聞くでしょう?"知り合い?"と』

「あぁ…!確かに」




そう言えば小夜さんは信介さんたちの顔を見て、すぐに引っ込んだのだ。

言われてみれば、ちょっと反応がおかしい。


この町の人は高砂組の面々を見知っている人も多そうだけど…

彼女はそんなに交流上手の様には見えなかった。




『…彼女、ろくろ首になって何度も高砂組に来ていたんでしょうね。だから彼等の顔も知っていたんでしょう』

「た、高砂組に!?何で…」

『まぁ、理由として考えられるのは旦那さんが自宅に帰っていたか…』



うんうんと頷く私に薬売りさんはちょっとだけ呆れたように言う。



『見たかったんでしょう?女将さんの顔や暮らしぶりなんかを、ね』

「え…なんでわざわざ…彼女にとっての恋敵なのに…」



そして薬売りさんはキュッと口角を上げた。



『あぁ…あれですよ、"女の敵は女"…ってね』

「………っ」



寒気が走るほどに綺麗な笑顔に、思わず言葉が詰まる。

こういう時の薬売りさんは、蔑んでいるか…もしくは蔑んだ上で楽しんでいるかのどちらかのような気が…




「い、一番悪いのは旦那さんなのに…」

『まぁどう考えてもあちこちで見境無く腰振ってる男の方が罪深いでしょうね』

「ぶっ…こ、腰……表現はともかく!薬売りさんの意見に大方賛成です」



そんな会話をしながら、もうすぐ最初の御茶屋に差し掛かったとき。




「お、おい!あんたら!」




後ろから切羽詰った声に呼び止められ。

振り返ると、真っ青な顔をした旦那さんがいた。



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