ふたりぼっち | ナノ




みっつめ
   └二十八



高砂組に戻ると、薬売りさんの言うとおり既に宴会は始まっていた。


戻った私達を見て、容子さんが不安そうな顔を見せる。

しかし薬売りさんは柔らかい笑顔でそれに答えると、宴会の輪に入っていった。


大広間の職人さん達はもうすっかり出来上がっているようで、合いの手まじりの歌が聞こえてくる。




「…あれ、銀二親方だわ」



容子さんは肩を竦めて私に笑いかけた。




「ふふっすごい声」

「銀二親方、歌は好きみたいなんだけど…ね」



私たちは顔を見合わせてくすくすと笑う。

容子さんは私に何も聞かなかった。



「あ、手伝います!」



だから、私もいつも通り彼女の手伝いをするために台所に一緒に立つ。


…今日の顛末を容子さんになんて話したらいいんだろう。

もう旦那さんはここに戻ってこないのかもしれない。


でも、何でか、今の容子さんならば大丈夫なんじゃないかと…

私は今までの彼女とはきっと違うと希望にも似た確信を持っていた。


それでもこっそり願わずに居られない。




(この慌しさの中で有耶無耶になってしまえばいいのに…)



本当のお母さんみたいだって、容子さんのために信介さんや。

明るくて気のいい職人さん。


そんな人達に囲まれて、容子さんの淋しさや悲しみが無くなってしまえばいいのに。




「結さん、私達もそろそろ座りましょうか」

「……はい!」



じわっと滲んだ涙が容子さんにばれないように、私は彼女に笑顔を返した。




「おぉ〜!!本当かい!?」

「はー!たいしたもんだなぁ!」



襖を開けると、職人さん達の感嘆の声が聞こえてきた。




「女将さん!薬売りさんがもうろくろ首は出ないだろうって!これで一安心っすね!」




容子さんと私に気付いた佐治さんが、興奮した面持ちで声を掛けてくる。

その佐治さんの隣で、信介さんが私をちらりと見た。


私が無言のままゆっくりと頷くと、信介さんはホッとしたように少し笑った。




「よーし!今日は棟上げとろくろ首退治で二重のお祝いだ!」




赤ら顔の職人さんが高々とお猪口を掲げると、みんなもわぁっと声を上げる。

そして容子さんのお料理もお酒も、みるみるうちに空になっていき。


容子さんはそれを見て嬉しそうに目を細めるのだった。




「…結さん」



宴も酣といった頃。

私の隣に信介さんが座った。




「信介さん!棟上げおめでとうございます」

「ありがとう……なんか薬売りさんと結さんには恥ずかしいところばかり見られちゃったな」



照れ臭そうに頭を掻く信介さんに、私はふるふると首を振る。



「…容子さんがいろいろ辛くても高砂組を支えて行こうって思えたのは、きっと信介さん達が居るからだと思います」

「え…俺?」

「はい…自分をちゃんと必要としてくれる人がいるって思えたら、持ってる以上の力が出るんですよ!」




ここまで言って、さっきの小夜さんの姿を思い出して私は「良い方にも悪い方にも…」と小声で付け足した。

信介さんは少し不思議そうにお猪口をあおる。


そして少し声を潜めて言った。



「あの、さ…ろくろ首、のことだけど…」



信介さんが容子さんの事を案じているのはすぐにわかった。




「…薬売りさんが大丈夫って言っていたから、もう大丈夫ですよ」

「…そう…」

「はい、私も大丈夫って思います!」

「はは、そっか!」



私の言葉に、信介さんはやっと本当に安心したようで。

眉を下げて笑ったのだった。


でも、すぐにはたと何かを思い出したように私を見る。



「ねぇ、結さん。女将さんの事なんだけど…」

「信介」



信介さんが言いかけたところで、低い声が割って入った。





「銀二親方!」



信介さんは弾かれたように背筋を伸ばす。

しかし銀二さんその背中をバンッと叩くと渋さたっぷりに口の端を上げた。




「今回の仕事、よくやった。おめぇもこれで一人前だな」

「え…あ、ありがとうございます!」

「……良い職人になれよ。自分のためにも高砂組のためにも…女将のためにも」




銀二さんがゆっくりと信介さんのお猪口にお酒を注ぐ。


信介さんは涙で潤む目のままそれを一気に飲み干すと

「…はいっ!」

力強く頷いた。




「馬鹿野郎、大工の男が泣きながら酒なんか飲むんじゃねぇ」

「うぅ…っは、はひっ!ぐずっ」




二人のやり取りにこっそり心を温めながら、私はそっと席を立った。

すると、すぐに薬売りさんも私の方へやってきた。




『…今日は早めに休みましょう』

「そうですね、明日の朝にはお暇するんだし…あれ?」



そう言えば容子さんの姿が見えない事に気がついて、私は辺りを見回した。

でも、薬売りさんがそれを制するように私の頭をぽんっと撫でる。




『………寝ますよ』

「……はい」



いろいろ思うところがあるのかもしれない。

今夜くらいは一人になりたいのかもしれない。


私はそう納得すると薬売りさんと部屋に向かった。



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