ふたりぼっち | ナノ




みっつめ
   └二十五



「わ…すごい夕焼け……」



――三日目。

台所に向かう廊下で、差し込む斜陽に目を細めた。


早くから上棟式に職人さん達は出掛け、私は容子さんとお祝いのご馳走を作るために高砂組に残っている。




「結さん、これ運んでもらえるかしら?」

「あ、はい!すぐ行きます!」



大皿を抱えて容子さんが笑う。

昨晩の一件の後、容子さんの笑顔はまるっきり別人のようだ。


それが逆に覚悟を決めた風で、私には切なかった。



「現場では無事に棟が上がった感謝や、これから家に住む人たちの安住と繁栄を祈願する儀式をしているのよ」

「そうなんですか…!知りませんでした」

「割と細々とした決まりが多くてね、だからうちでのお祝いは盛大にね」

「容子さんは上棟式には?」

「ふふ、女は棟に上がれないのよ」




容子さんはテキパキと手を動かしながら、色んなことを教えてくれる。

楽しそうに話す横顔は、本当に活き活きとしていて。


本当にこれでいいんですか?


そんな言葉が喉から出掛かっては、無理矢理に飲み込んだ。




「さぁ、そろそろみんな帰ってくるかしら」

「あ、私、お酒もう少し用意してきますね!……あっ」



台所を出ようとすると、ふっと薬売りさんが顔を出した。

容子さんは特に動じる事もなく微笑んで彼を見ている。




『…もう結を連れて行っても?』

「えぇ、大丈夫ですよ。でもそろそろ祝宴になりますから…」

『あぁ、そう言えば信介さん達がこちらに向かっているようでしたよ』

「そうですか」


薬売りさんの話を聞いた容子さんは、嬉しそうに笑った。




『結、行きますよ』

「え…どこに…」

『モノノ怪退治ですよ、忘れたんですか?』

「え!?」



がたんっと音を立てて、容子さんが鍋蓋を落とす。

そして青褪めて薬売りさんに言った。



「あ、あの…ごめんなさい、我儘とは承知ですが…せめて信介の顔を…」



薬売りさんはフッと笑うと首を振る。




『女将、あなたじゃないですよ』

「え……」

『さぁ、暗くなる前に行きますよ』

「あ、ま、待ってください!」



ポカンとする容子さんを置き去りに、私は慌てて薬売りさんを追った。



高砂組の門をくぐると、ちょうど信介さん達が帰ってきた。



「あれ?薬売りさん、結さん!どこかへ?」



少しお酒の入っているような雰囲気で、みんなが陽気に笑い声を上げている。




「あ、あの、すぐに戻ります!」

「え、もう暗くなるのに?」



佐治さんと信介さんの不思議顔に頭を下げて、私たちは夕焼けの道を急いだ。




「く、薬売りさん!モノノ怪退治ってどこへ?」

『結、まだ気付いてないんですか?』

「え?」



薬売りさんは私を横目で見ながらスタスタと足を進める。

そしてニヤリといつもの笑顔を浮かべた。



『聞き取った噂話の内容を整理してみなさい』

「え、えっと…大通り沿いの飲み屋の帰りと…お使い帰りに大通り…あれ?」



首を傾げた私に薬売りさんはフッと笑いを零す。




「みんな…大通りでろくろ首を見てる…?」

『…そう、みんな大通り。もし女将がろくろ首なら、裏通りでの目撃があるはずでしょう…しかしみんな大通り』




薬売りさんの足は、もう目的の場所が決まっているかのように大通りを迷い無く進む。

そして少し行くと、ひょいっと脇道に入った。



『…目撃者が怖がらずに嬉々として噂話を披露するのは、自分が標的じゃないからですよ。自分に害はないけれど、珍しい物を見たら誰かに話したいもんですからね』

「なるほど…」

『昨晩の女将の話と職人の話を合わせてみれば、きっと彼女がろくろ首になったのはあの一度きりで間違いないでしょう』

「じゃあ誰が…?」




ぱたぱたと小走りに薬売りさんに着いて行きながら、辺りを見回す。

何となく見覚えのある通り。




(あれ、ここ…?)


『…ろくろ首は嫉妬や執着が姿形を持ったようなものですからね』

「………っ!」

『ふっ思い当たるでしょう?』



薬売りさんはニヤリと笑うと、一軒の家の前で足を止めた。

終幕に続く

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