ふたりぼっち | ナノ




みっつめ
   └二十四



『…眠れないんですか?』



容子さんの話を聞いた後、自分たちの部屋に戻ってから。

布団に転がるも、私はなかなか寝付けずにいた。


私を後ろから抱えるようにしていた薬売りさんは、少し身を起こして覗き込む。




『眉間』

「え…」

『皺、寄ってないですか?』




少し冷たい指先が眉間を撫でていく。




「………」



でも、私は何も言えないまま、薬売りさんの手から逃れた。




『…はぁ、一体いつまで拗ねているんです』

「拗ねてなんて…」

『拗ねているでしょう?』




薬売りさんは溜息を吐きながら起き上がった。

少し遅れて私も起き上がって隣に腰掛ける。




『…そもそも私は女将を疑って無いんですがね』

「………え…えっ!?」

『まぁ結果としてろくろ首だったようですが…』

「え、ちょ、待ってください!」




なんと。

この人は何をしれーっとすごいことを言っているのか。


目を丸くして飛びつく私に、薬売りさんはなされるがままがくがく揺れていて。




「それならそうとどうして早く言ってくれないんですか!私、すごく悩んだのに!」

『…結が』

「私が!?」

『私を信用していないと思ったら、ちょっと意地悪してみたくなりまして』

「へ……」




薬売りさんは少し乱れた襟元を直しながら、ふんっとそっぽを向く。


あぁ、これは薬売りさんの方こそ拗ねていたんだ。

なんて、遅ればせながら気付く。




「それは…薬売りさんが何も言ってくれないから…」




もにょもにょと言い訳する私をチラリと見て、薬売りさんはくくっと押し殺した笑いを漏らした。

そしてそっと私の耳元に唇を寄せる。




『…悶々と悩んでいる結の姿…結構そそられるんですよ』

「ぶっ!!!」



いきなり何を言うのだ。

言葉の意味を理解するにつれて、カァッと熱が昇ってきた。





「もう!からかわないで下さい!本当に悩んでたのに!!」



ばしっ



『あぁ、痛い痛い』




薬売りさんの肩を叩くと、彼はわざとらしく布団に倒れこむ。

でもその顔は妙に楽しそうだった。



「ひどいで…ぅわっ」



そしておもむろに私の手を引くと、倒れこむ私を自分の腕に収めた。

まだ憤る私を宥めるようにぽんぽんっと背中を叩く。




『…そうやって怒ればよかったんですよ』

「…え?」

『女将もいまの結の様に怒って打って…嫉妬も苛々も何もかも真正面からぶつければよかったんです』

「…………」




容子さんがずっと心に押し込めた旦那さんへの想い。


本当は泣いて取り乱して、旦那さんにぶつかりたかったのかも知れない。

もしそれができていたら、彼女はろくろ首にならなくて済んだのだろうか…





「…怖いですよ、そういうところ見せるの」




"私がこの世を去るときは、みどりも一緒に来て欲しい"




あかねちゃんはそう願って瞳を閉じた。


そして私もきっと同じことを祈るだろう。

今際の際に、きっと薬売りさんの最期を願うだろう。


でもその考えが脳裏を掠めるたびに、自分の恐ろしさを実感するのだ。


あの日、父の刀に手を掛けた、自分の狂気に押し潰されそうになる。

そんな自分の心の奥底を、薬売りさんに見せるなんて、到底できそうにない。





「…それが好きな人なら…尚更……」




背中に寒気が走った気がして、無意識に彼の着物に擦り寄った。

薬売りさんは何も言わずに、ぎゅうっと抱きなおす。


そしてまた優しくぽんぽん、と背中を撫でた。




『…そうですね、結の言う通りです』

「…………」

『それでも…繰り返すんですよ、男と女は』

「…薬売りさん…?」




薬売りさんの呟いた言葉は、少し自嘲気味な声で。

私を連れてきたときの事を考えてるのかな、なんてぼんやり思った。


それからは何も言葉は交わさないまま。

薬売りさんが繰り返し私の背中を撫でるから、私は目を閉じてその感触に身を委ねた。


いつ自分が眠ったのか、薬売りさんも眠ったのかわからない。



ただ、このまま明日が来なければいいのにって、少しだけ思った。



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