みっつめ
└二十三
『…………』
「…………」
私も薬売りさんも何も言えなかった。
ただただ、彼女の掠れる声が悲しく感じる。
恐怖とかそういう物ではない、ただ悲しかった。
容子さんは話し終えると、両手で顔を覆った。
「とても…とても恥ずかしかったんです…嫉妬に狂ってあんな姿に…!見てくれの悪さだけで無く、性根まで醜くなってしまった…!もう自分が恐ろしくて恥ずかしくて、死んでしまいたかった…!!」
「そ、そんな…!」
容子さんが泣きながら話す言葉が痛々しくて、私は思わず身を乗り出した。
しかし薬売りさんにそっと肩を押さえられ、ハッとする。
もどかしさに唇を噛むと、私はまた座り直した。
『…ではなぜ三日後に、などと言ったのです』
「………」
『そんなにつらいなら、すぐに退治してくれと言えば良かったじゃないですか』
「薬売りさん…!」
私が咎めるように口を挟んだけれど、薬売りさんはしれっとした顔で続ける。
『…明日まで、女将でいる必要があったんでしょう?』
「……っ!」
容子さんはハッとして顔を覆っていた両手を下ろした。
そして涙に濡れた頬を、ギュッと袂で拭う。
(……!)
さっきまでの頼りなげな泣き顔とは違い、それは凜とした女将の顔だった。
「…信介は…ここに来た頃、酷く人見知りな子でした。たくさんの兄弟の中でみそっかすにされて、自分の殻に閉じこもる癖があったように見えました…」
「信介さんが?」
「えぇ。自分に自信が無くて"どうせ"ってすぐに投げ出すんです…下働きの時分にも随分と叱られてました」
その頃の事を思い出したのか、容子さんは少しだけ目元を緩める。
「…きっと自分と重なって見えてたんでしょうね、そんな信介が可哀想でどうにかしてやりたくて…」
「…信介さん、容子さんは本当のお母さんみたいに思ってるって、言ってましたよ…?」
「そう…そうですか…」
(あ……)
信介さんの話を聞いた容子さんは、今日まで見たこと無い笑顔を浮かべた。
それは柔らかくて優しくて…
子供を見守る母親の顔みたいだって思った。
「今建ててる家は、信介の初の現場なんです…これであの子も一人前の職人としてやってける」
容子さんは感慨深そうに頷くと、薬売りさんに向かって居住まいを正す。
そして畳みに手をつくと、深々と頭を下げた。
「明日、あの現場の上棟式があります。それが済んだら…あなたの祓いでも処罰でも何でも受けます」
『…………』
「容子さん、本当に…」
本当にそれでいいんですか?
そう聞きたかったけど、私は言葉を飲み込んだ。
顔を上げた容子さんがあまりに凜としていて。
とても清々しい笑顔を浮かべていたから…
(…容子さん、綺麗だ…)
この人は、きっと一本、真っ直ぐな柱が通っているんだろう。
スッと伸ばされた背筋や佇まいは、どんな人より美しいと思った。
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