みっつめ
└二十二
「…腹の底でどろどろになった嫉妬を自分でも認めたくなかったんです」
容子さんは窓辺を見つめたまま、"その夜"の事を語り出した。
――………
いつものように、信介達が部屋に戻って。
私も床に就こうと寝支度をしていました。
その時、フッと主人の寝間着が目にとまったんです。
「………」
いつ彼が着てもいいように火熨斗をかけて。
あぁ、でも彼がこの家で寝間着に袖を通したのは、もうどれくらい前だったかしら…
(きっと…またあの小夜っていう女の…)
噂で聞いていた浮気相手は、線の細い華奢な人。
彼はきっと彼女の手も優しく取って、甘い言葉を囁いているに違いない。
「……っ」
モヤモヤと頭にのし掛かる感情がつらくて、惨めで。
私は無理矢理に寝ようと布団に潜りました。
…本当はわかっているんです。
浮気されている事よりも、見合いの日に彼に優しくされた仕草一つで、納得しようとしている自分が一番惨めなんだと。
それからどうにかうとうとし始めて。
何となく息苦しく感じて目を開きました。
「え……」
いつの間に出たのでしょうか、私は外にいたんです。
一体どうしたことかわからず辺りを見回しました。
「ここは…」
見覚えのある道でした。
噂で聞いた時、一度いても立ってもいられなくて、こっそり後をつけた事があるんです。
大通りから一本奥に入った道。
「………」
藍色の暖簾。
少し端の欠けた戸。
ほとんど無意識にその欠けた所からそっと中を覗きました。
(…あぁ…)
そこにあるのは、彼の草履…
そして聞こえてくる、彼女の甲高い甘い声。
「いや…っ!」
思わず耳を塞ぎたくなって、戸から身を引きました。
どうして覗いてしまったんだろう、どうして聞き耳を立ててしまったんだろう…
自分が惨めなだけなのに。
「……え……?」
でもその時に気付いたんです。
俯いた視界に自分の影。
月明かりの明るい夜でしたから…くっきりと見えました。
「く、首が…!!」
見下ろしても私の体は無く。
意識してみれば、ずっと不思議な浮遊感があったことにも気がついて。
「ひ……っ!!」
自分の姿のおぞましさに、一目散に逃げ帰りました。
そこから先は気を失うように記憶が途切れて…
気がついたらいつものように布団で目が覚めたんです。
――………
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