ふたりぼっち | ナノ




みっつめ
   └二十



次の日――


この日も町に出て薬売りさんと情報収集をした。

昨日と同じく、ろくろ首の目撃情報はよく集まった。


聞く人聞く人、みんな口をそろえてその時の恐怖を語るのだ。




「…うーーん…?」



ここに来て私はちょっとした疑問に引っ掛かる。




『どうしたんです?』

「あの…ろくろ首ってそんなに頻繁に現われるんでしょうか…?」

『…どういう意味ですか?』



薬売りさんは歩きながら首を傾げる私に視線を投げた。




「何ていうか…目撃証言が多すぎませんか?どうしてそんなに見られてるんだろう?」

『…………』

「それに、みんな興奮して話しますよね?怖くないのかな…?」

『……ふっ』



私は本気で疑問だったのに、薬売りさんは小さく笑みを零す。

若干ムッとしながら彼を見上げれば、薬売りさんはぐりぐりと私の頭を撫でた。




「く、薬売りさん??」

『結もそれなりに成長しているようで安心しましたよ』

「???」



薬売りさんは満足そうに頷くと、高砂組に帰る道をすたすたと歩く。




(…信介さんとはいつ話すんだろう)



私は薬売りさんの言葉を思い出しながら彼の背中を追った。


―その日も容子さんの手伝いをして、夜は更けた。

職人さん達はそれぞれの部屋に引き上げていく。




『結』

「あ、薬売りさん」



台所で容子さんと片づけをしていると、暖簾を押し上げて薬売りさんが顔を覗かせた。




「結さん、もういいですよ」

「…すみません」



気を利かせてくれた容子さんに頭を下げると、私は薬売りさんの待つ廊下へと急いだ。

暗い廊下の先に彼の青い着物が見える。




「…!」



と、そばにもうひとつの影。



「信介さん……」


更に足を進めると、そこには信介さんの姿があった。




「…あ、結さん!二人して一体…?」



信介さんは私と薬売りさんの顔を交互に見ると、困ったように眉を下げる。




『…足、もうすっかりいいようですね』

「あ、お陰さまで!薬売りさんの薬はすごいですね!もういつも通り働けています」



信介さんは嬉しそうに笑った。

でも、すぐにまた訝しげな表情に戻る。



「…えっと、わざわざそんな事を聞きに…?俺、明日は大事な…」

『…ふっ、そうですね。では単刀直入に聞きましょうか』



薬売りさんは営業用のそれとは違う笑みを浮かべて彼に詰め寄った。

ぴりぴりとした空気に私は思わず唾を飲む。




『信介さん…あなた、ろくろ首の正体を知っていますね?』

「―!!」

『知っていて庇ってる…違いますか?』


(庇ってる…!?)




最初は私同様、ギョッとしていた信介さんは、すぐに唇を噛んで俯いた。


そして諦めたように肩の力を抜いて。

小さく頷いたのだった。





「…一度だけ…たぶんこの前聞いた話と同じ日…」




信介さんは俯いたままぽつりと話し始める。

私と薬売りさんは黙ってそれに耳を傾けた。




「何だか寝苦しくて…夜半まで起きてたんです。それで何の気なしに窓の外を見たとき…」



ギュウッと信介さんは拳を握る。




「…びっくりして…でも良く見たら…それは女将さんで…っ」

「…っ!!そ、そんな……」



…目の前が真っ暗になったっ気分だった。


町で聞いたろくろ首の話は決まってこういう内容だった。


"気の触れたような女だった"



女の人なんてたくさん居る、容子さんだけじゃない。

でも、信介さんの話でそれは疑いようのないものになってしまった。




「でも!女将さんはそんな人じゃないんです!薬売りさんだってわかるでしょう!?俺たちを本当の家族みたいに大事にしてくれてるし、大工の仕事にだって誇りを持ってる!」



私は信介さんの言葉に、無言でうんうんと頷く。




「あんな…怪になるような人じゃない…っ!」



信介さんの声は泣き声に変わっていた。

そして薬売りさんの着物をガシッと掴む。




「お、お願いだ、薬売りさん!ろくろ首退治なんてやめて下さい!きっと一時の気の迷いだったですよ!女将さん疲れてたんだと思うんです…旦那さんの事とか家業の事とか…だから!」



薬売りさんに縋るように信介さんは何度も何度も頭を下げた。

その頬にたくさんの涙を流しながら。




「お願いですから……っ俺の…俺の母親みたいなもんなんです!だから退治だなんて…!!」


(信介さん…)



彼は幼い頃からここでお世話になってると言っていた。

大人ばかりのこの家で、容子さんは本当の母親のようで…

どれだけ彼の支えになったことだろう。


必死に容子さんを庇う信介さんの姿を見て、私は込み上げそうな涙を堪えることができなかった。





―カタン



不意に背後で鳴った物音に、三人がハッと振り返る。




「…容子さん!」

「……っ!う、うぅ…く…っ」



暗闇から現われた容子さんの姿を見て、信介さんは大きくしゃくり上げた。

容子さんは信介さんの姿を見て、苦笑いするとそっと彼の肩に手を置く。



「華の大工が情けないったら…」

「うっく…ひっく…お、おがみざ…」

「…今日はもうお休み。明日は大事な日だろう?」

「で、でも…!」



泣き顔で首を振る信介さんに容子さんは小さく笑った。




(あ……)



それはあの不器用な笑顔ではなくて。

柔らかい、そして厳しくも優しい母の顔だった。




「…いいから。信介が心配するような事は何もない、大丈夫だから…休みなさい」

「……ぐずっ」



優しく言い聞かすような言葉に、信介さんはこくんと頷く。

そして目元をぐっと拭くと、私達に頭を下げて自分の部屋へと戻っていった。




「…………」

「…結さんも泣かないで」



容子さんはそう言って私の頭をそっと撫でる。

そしてスッと薬売りさんに向き直った。



「…お話があるんです」

『…………』



容子さんはスッと息を吸うと、静かに続ける。




「…ろくろ首の正体は…私です」

五ノ幕に続く

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