ふたりぼっち | ナノ




みっつめ
   └十九



―あれから私と薬売りさんはいろんな所で話を聞いた。

余所者があれこれと嗅ぎまわっていると、怪しまれそうなものだが…



『実は…薬を売る口実にちょっと怪談混じりにするとね…なかなか食いつきがいいんで』



薬売りさんは次々にもっともらしい言い訳を作り上げて、巧妙に話を聞きだしていたのだった。





(よくもまぁあんなに嘘がでるもんだな…)



その横で美しく弧を描く薬売りさんの形いい唇を見ながら、私はこっそりとそんなことを思った。

そんな感じで"情報収集"を終えた私達は、数刻前に高砂組へと帰ってきたのだった。



(…でも、結局ろくろ首の目撃証言ばかりだったなぁ)



夕飯の支度を手伝いながら、いろんな人の話を繋ぎ合わせてみる。

薬売りさんは満足気だったが、私にはやっぱりちっともわからなかった。


それより…




(…やっぱり容子さん、なのかな…)



隣で黙々と揚げ物をする容子さんをチラッと盗み見る。

そして今日はまだ旦那さんの姿を見ない事にモヤモヤしていた。


またあの女の人のところだろうか。

あの甘えたような拗ねた声を思い出して、何ともいえない気持ちだ。


関係のない私ですらこんなにモヤモヤするなら、当事者の容子さんはどれだけつらいだろう。

もしも私が彼女の立場だったら、こんな風に気丈に家業を回せるだろうか。




「…………」



思わず薬売りさんの背中に、知らない腕が回るのを想像してサーッと青くなる。

私はとんでもない妄想を吹き飛ばそうとぶんぶんと頭を振った。




「結さん…大丈夫?」

「えっ!あ、すみません、なんでもないです!!」



不思議そうに私を見る容子さんに誤魔化し笑いを浮かべていると、間もなくして職人さんたちが仕事を終えて帰ってきたのだった。




『…結』

「…あ、薬売りさん」



食事も終え、私は部屋でぼんやりとしていた。

お風呂から上がった薬売りさんは、訝しげに私の顔を見ながら後ろ手に襖を閉めた。




『考え事ですか?』

「いえ…ちょっとぼんやりしちゃって…」

『眉間』




薬売りさんはクスッと笑うと、ちょいっと私の眉間を指先で突く。

そしてちょんちょんと軽くつつきながら首を傾げる。




『そのまま皺になりますよ』

「う…気をつけ…」


ざくっ


「いたっ!爪!!」

『あぁ、ついつい』



ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて薬売りさんは指を離した。

私は涙目になりながら眉間をさする。


薬売りさんはフンッと鼻を鳴らして、私のそばに座った。




『…で?』

「へ?」

『何をそんなに苛々してるんです?』

「い、苛々はしてないですけど…」



口篭る私を見て、薬売りさんは溜息混じりに頭をぽんっと撫でる。




『明日、信介さんに聞きたい事があります』

「信介さんに…何をですか?」

『彼の話を聞いた後に、全部話しますよ。そしたらその眉間の皺もなくなるでしょう』

「………」




今聞きたいです!

…とは言えずに、私は小さく頷いた。




(きっと…なにか理由があるんだろうし…)



薬売りさんは優しく目元を緩めると、私にお風呂をいただくように勧めた。

私は素直に返事をすると、支度をして部屋を出ようとしたけれど。



(…そう言えば…)


「あの、薬売りさん?」

『何です?』

「その…容子さんの…女将さんの寝室にお札、貼ったんですか…?」



おずおずと尋ねる私を、薬売りさんは藤色の瞳でジッと見た。




『…えぇ、貼りましたよ。風呂に入る前に』

「……っ、そう、ですか…」



返事を聞いた瞬間、何だか胸が苦しくて。

容子さんの小さな笑い顔を思い浮かべながら、私はお風呂に向かった。




「…あれ?」



その道すがら。


暗い廊下に部屋から一筋の蝋燭の明かりが漏れている。

少し開いたままの襖にそっと身を寄せてみれば。




(…容子さん)



その部屋どうやら仏間で。

仏壇に手を合わせる、容子さんの背中が見えた。




「お義父さま、お義母さま……」



小さな声で容子さんが呟く。

そしてその背中は震えているように感じる。



「…めんなさ…っごめんなさい……っ」

「…!!」



容子さんは背中を丸めて嗚咽を漏らした。

仄暗い部屋に押し殺した泣き声が広がる。




「…っひ…ごめ…うぅっ…」



容子さんが何を謝っているのか…

私には全く検討がつかなくて。


でも彼女の掠れる声の痛々しさが胸に刺さる。




「………っ」



容子さんの悲しい声が刺さったままの胸がざわつく。

何に自分が苛々しているのか、自分でも良くわからないけど…




"そうしたら眉間の皺もなくなるんじゃないですか"





今は薬売りさんの言葉を信じて、その日を迎えるしかない。

ざわざわする胸を抱えたまま、私は音を立てないように暗い廊下を進んだ。



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