みっつめ
└十七
『…そう言えば』
職人さんたちに混ざってのんびりしていた薬売りさんが不意に声を上げる。
『女将にろくろ首退治の許可を取りました』
「お!本当かい!?」
「いやーそれなら一安心だ!」
彼の言葉を聞いて、一部の職人さん達が安堵の声を漏らした。
薬売りさんは薬箱をいじりながら、すぐそばにいた信介さんの足の具合を見ている。
そして貼り薬を取り替えながら続けた。
『ろくろ首を見たのは、裏通りの方だと…言ってましたよね?』
「あ、あぁ!間違いない!」
『そうですか…ではその辺から探りを入れてみましょう』
(ん…?)
会話を続けながら、器用に手当すると薬売りさんを見ながら信介さんはいまいち浮かない表情をしている。
何か気になる事でもあるのか、少し口を開きかけてはその唇を噛むを繰り返していた。
それに気付いてか気付かないでか、薬売りさんは手当を終えるとニコリと彼に微笑んだ。
そして私の方を見ると、
『さて…結、お散歩でもしましょうか』
「へっ?お散歩…?」
『では、午後も怪我のないよう…』
そう言ってそそくさと私の手を引いて現場から立ち去る。
背後では「散歩って…本当に大丈夫かぁ?」なんて、笑い混じりの声がしていて。
でも彼は全く気にする素振りもなくすたすたと大通りを歩いた。
「あ、あの!薬売りさん!」
『なんです?』
「私、ちっとも話が見えないんですけど!」
少し怒った口調で呼びかければ、薬売りさんはその足を止める。
そして私を振り返ると小さく首を傾げた。
『結…皺が』
薬売りさんはちょいっと指先で私の眉間を撫でる。
一瞬ぽかんとしてしまったものの、からかわれていることに気付いて更にムッとしてしまった。
「そ、そんなことどうでもいいんです!質問に答えてください!」
『良くないでしょう?後々とれなくなったらどうするんです』
「い、痛いです!」
薬売りさんは冷ややかな目のまま口元だけで笑うと、ぐいぐいと私の眉間を指で伸ばした。
そしてつまらなそうにフンっと鼻を鳴らすと、そのままビシッとでこぴんする。
「っっっ!!!」
頭が割れたんじゃ無いかと思うくらい痛むおでこを抑えて悶絶していると。
『…さ、情報収集しますよ』
「へっ?あ、でもさっき裏通りからって…」
『昨日の御茶屋のあたりにいれば、嫌でも噂話が聞こえてくるでしょう』
薬売りさんはもう一度ペしっと私のおでこを叩くと、再び私の手を取って歩き出した。
外で情報収集って事は、容子さんの事は疑ってないのだろうか?
でも、部屋にお札って言っていたし…
あれこれ考えてる内に、昨日の御茶屋さんに到着した。
薬売りさんは二人前のお団子を注文すると、今日は軒先では無く店内の席につく。
「………」
"情報収集"と聞いて何となくきょろきょろしていると。
ペチッ
「いた!」
『少し落ち着きなさい』
そう言って私のおでこを叩く。
それもそうだよな…と大人しくしている所に、ちょうどお団子が運ばれてきた。
『さ、いただきますか』
「…いただきます」
薬売りさんはしれっとお団子を頬張っている。
私はいまだ釈然としないままお団子に手を伸ばした。
と、その時。
店内から少し騒がしい声が上がった。
声のしたほうをそっと振り返ると、数人の女の人が顔を寄せ合ってひそひそ話をしている。
そして時折肩を竦めると「こわーい!」「きゃー!」と声を上げていた。
→17/34[*前] [次#]
[目次]
[しおりを挟む]