ふたりぼっち | ナノ




みっつめ
   └十六



― 四ノ幕 ―

「みなさんお疲れ様ですー!」

「おっ!結ちゃんありがとなー!」

「飯だ飯だー!」




大きな風呂敷を抱えて現場に向かうと、職人さん達が迎え入れてくれた。

昨日より更に家の形になったそれは、木の香りを漂わせて佇んでいる。




「すごーい…」

「だろー?もう少しで完成だ!」

「信介さん!」



周囲に散らばった大鋸屑を集めながら声を掛けてきたのは信介さんだった。



「弁当、届けてくれてありがとう」

「いいえ!容子さんとおむすび作るの楽しかったです!」



ずっしり重たい風呂敷を手渡すと、信介さんはもう一度「ありがとう」と言う。

既にお昼休憩の準備のできた職人さんたちは、額に浮かぶ汗を拭いながら談笑していた。





『足の具合はどうですか?』




私より遅れて到着した薬売りさんが薬箱を下ろしながら信介さんの足を窺う。





「お陰さまで!念のため今日は地べたでの仕事だけど…」




信介さんは笑いながらしっかりと地面を踏みしめて見せた。

薬売りさんはその様子を見て満足そうに頷く。




『午後の仕事の前にもう一度貼り薬をかえましょう』

「はい、お願いします!」


(酷い怪我じゃなくて良かったなぁ…)




嬉しそうに笑う信介さんを見て、私もこっそり頬を緩めた。

彼は本当にこの仕事が好きなんだって、とても伝わってきたから…




「おーい、薬売りさん!結さんも!こっちに来て一緒にどうだい?」

「あ…佐治さん」

「そうですよ、少し寄って行ってください」



ニコニコ笑いながら手招きする佐治さん。

そのそばには、昨夜薬売りさんにろくろ首の話をしていた職人さんもいた。


何となく二の足を踏んでいると、そっと背中に手が触れる感触。




「あ…」

『…せっかくですから、少し寄らせて貰いましょう。ね、結?』



薬売りさんはそのまま少し私の背中を押すと、ニコリと笑顔を職人さんたちに向けた。




「……………」


(…また営業用の笑顔…)




私は何だか腑に落ちない気持ちで彼の笑顔を見ていた。

そんな私を横目でチラリと見ると、フッといつもの不敵な笑みを浮かべる。




(何考えてるんだろう…)



実はここに向かう前もそうだったのだ。





『女将、少しいいですか?』

「あ…薬売りさん」




私が容子さんとおむすびを作っているとき。

ふと薬売りさんが暖簾を押し上げて台所に顔を見せた。




「あぁ、そうだ。お薬の代金を…それと信介の手当ての分も…」




容子さんは手を洗うと前掛けで拭きながら薬売りさんの方へと足を進める。

しかし薬売りさんはそれを軽く手をあげて制した。




『いえ、そんなのは今でなくても…それより昨日の話ですが』

「昨日…?」

『えぇ、職人さんの話ですよ…ろくろ首の』

「…っ!」




私に背中を向けた容子さんの肩が小さく揺れる。

私は無意識にその肩越しに見える薬売りさんの涼しい顔を窺っていた。




『いえね、見間違いならばそれでいいのですが…このままじゃ職人さんたちの士気にも関わるでしょう?』

「え、えぇ…」

『モノノ怪退治…というと物騒ですが、まぁ…厄除けのようなものですよ』




そして薬売りさんはニコリと笑う。

あの営業用の笑顔で。




「あ…そ、そうですね…」


(容子さん…?)



背中を向けた彼女の表情は私からはわからなかったけど…

ギュウッと前掛けを握る手が、やっぱり震えていた。




「…それをしたら…もうろくろ首、は出ないんでしょうか?」

『えぇ、それだけはお約束しますよ』

「……………」




容子さんは口を噤んだまま何か考えているようだった。

そして少し俯いていた顔をスッと上げると。




「…三日後」

『え?』

「ろくろ首を追い払うのは…三日後にしてください」

『しかしそれでは…』

「その間、ここで寝泊りしてくださって構いませんから…!だから…三日、待ってください!」




若干震えた容子さんの声が台所に響く。

私は彼女の言葉の意味が飲み込みきれずに、薬売りさんの返事を待った。




『…承知しました。そうしましょう…ただ』

「………っ」

『奥の裏通りに近い部屋…あなたの寝室にもお札は貼らせていただきますので』

「…わ、わかりました…」



消え入りそうな容子さんの返答に、薬売りさんはニコリと頷く。

その余所行きの笑顔に、私も彼の真意が読み取れない。


固唾を飲んで二人を見ていると、容子さんが私の方へと振り返った。




「結さん…悪いけれど、お昼を現場にお願いしても…?」

「え、えぇもちろん…それより容子さん、顔色が…」



容子さんは小さく笑うと、「大丈夫…じゃあよろしくお願いします」そう言ってパタパタと奥に走っていってしまった。




(何か…考えがあるんだろうけど)



そう思うけれど、いまいち薬売りさんのやりたいことが掴めない。


やっぱり彼は容子さんを疑っているのだろうか?

私としても昨晩の薬売りさんの話を聞く限り、容子さんじゃ無いと言い切れる材料が無い。


容子さんが家業を切り盛りしている間、ご主人は遊んでいるのだ。

あの華奢な腕の持ち主と…





(知っていて見逃し続けるって…知らない事とどちらが幸せなんだろう…)



私は容子さんのあの不器用な笑顔を思い浮かべてはしょんぼりと肩を落とした。



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