みっつめ
└十二
― 三ノ幕 ―
段々夜も更けて、お酒の入った人達はわいわいと話に花を咲かせている。
「…………」
賑わう声を聞きながら、私はさっきの光景を何度も思い出していた。
(…あれはきっと…旦那さんが不倫、してるってことだよね?)
「…はぁ…」
思い返す度に、無意味な溜息が零れる。
私がやきもきしても仕方のない事だけど…
でも、ギュッと握り締められた女将さんの手が、頭から離れない。
そして同時に過ぎるのだ。
旦那さんに甘えるか細い声と、彼の甘くて優しい言葉を。
「…結さん」
「!!…信介さん」
再び溜息が零れそうになったとき。
信介さんは私の隣に腰掛けた。
「さっきのこと、気にしてる?」
「あ……」
口篭る私を見て、信介さんは苦笑いする。
そして少し遠い目をして続けた。
「…もうね、ずっとなんだよ、あの人は」
「え…そうなんですか…?」
「うん。女将さんが何も言わないから、俺たちも見て見ぬ振りしてるけど」
信介さんはわいわいと騒ぐみんなを見ながら、ギュッと自分の膝を抱いた。
「先代…旦那さんの父親は棟梁で。立派な人だった。本来なら旦那さんがそれを継ぐはずだったんだけど…どうもあの人は大工業はからっきしらしい」
「あぁ、それで銀二さんが…」
「うん。銀二親方は先代の頃からずっと腕のいい職人だったから」
私も彼の視線を追うと、目元に厳しさを残しながら銀二さんがお猪口を煽っている。
何人もの職人さんが銀二さんを囲んで楽しそうに話していた。
「俺はね、親方が銀二さんで良かったって思ってるよ」
「え?」
「本当は旦那さんだなんて呼ぶのも嫌なんだ…あの人は高砂組は女将さんのお陰で纏まっているってのに裏切るような事をして…!」
「信介さん…」
「人の心を大事にできない人が、人が一生を送る家なんて作れるはずがないんだ」
(あぁ…信介さんは…)
信介さんは、本当に女将さんを慕っているんだ。
母親代わりだって言ってた。
本当に女将さんの事が大切で、そしてこの仕事に誇りを持っているんだ…
悔しそうに唇を噛む彼の姿を見て、心底そう感じた。
「まぁ、大賑わいね」
「…女将さん!」
言葉をなくして黙り込んだ私達の間に、女将さんが声を掛ける。
小さく肩を震わせていた信介さんは、ハッとして緊張を解いた。
「結さん、みんなが大騒ぎしている内にお風呂どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「湯を張り直したから、綺麗ですからね。じゃあ信介も足のことがあるんだから、早く休みなさい」
「でも片づけが…」
「いいわよ、今日くらい。明日からまた頑張ってもらわないといけないんだから」
「わかりました、ありがとうございます」
「…さ、結さん、行きましょうか」
女将さんはまた小さく笑うと、私を促す。
私は再び感じた違和感をごまかしながら彼女の後をついて行った。
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