ふたりぼっち | ナノ




みっつめ
   └十一



「先代は厳しかったけど、すごい職人さんだったんだ。もっとたくさん教えて欲しかったなぁ」

「…えと…って事は…」

「うん、もう亡くなってるんだ。先代の女将さんもその後すぐに」

「そうなんですねぇ…じゃあ今の女将さんはそんな厳しい先代の棟梁に認められてるんですね」



私の言葉に、信介さんは得意気に胸を張る。



「あぁ!女将さんは、そりゃちょっとは無愛想なところがあるけど、すげーいい人なんだ!器がでかいって言うか…そう包容力!女将になるべくしてなった人だ。俺ら男衆をビシッとまとめられる女なんてそうそういない」


信介さんはまるで自分の事の様に目をキラキラさせて語った。



「ふふっ」

「あ…」

「信介さん、女将さんのことすごく好きなんですね」

「あー、はは…まぁ…俺にとってはお袋みたいなもんだから…」



照れ臭そうに頭を掻きながら、彼は少し遠い目をする。

そしてぽつりと呟いた。



「俺…最初の頃なかなかこの家に馴染めなくてさ。周りは大人ばっかりだし、女将さんも最初はすげー怖い人に見えてさ」



…確かに、私の知ってる女将・絹江さんと比べたら、少し冷たい感じのする人のような気がする。

絹江さんは底抜けに明るかったから、そこも違うのかも知れないけど。



「でも、女将さんはいつも気にかけてくれてて…俺が落ち込んだりしてると発破かけてくれてさ」

「そうなんですか…」

「そりゃあ、世間の人は愛想がいいとか別嬪とは言わないかもしれないけど…あの人はあったかい人なんだ」



信介さんは柔らかく笑ってまた頭を掻いた。



「…いい、ご家族に囲まれてるんですね」



彼の笑顔を見ていたら、自然とそう言葉が零れる。


女将さんも、職人の人達も…

きっと家族の様に、ううん、家族以上の何かが彼等の間にはあるのかもしれない。


信介さんの笑顔がそれを物語っていた。




「ははっなんか恥ずかしい話しちゃったな!」

「いえ、いいお話を聞かせてもらいました」

「へへ…よし、そろそろいいかな?」



慎重にお銚子を取り出すと、布巾で軽く周りを拭く。

それをいくつかお盆に乗せて、私達はそろそろと大広間に戻ろうとした。




「………っ!」

「………よ…」


(…ん?)



大広間への廊下を歩いていると、裏口の方から声が聞こえる。

一人は女将さんのようだったが。




(…あれ?この声…?)



どこと無く聞き覚えのある声に、私達は足を止めた。

しかし聞こえてくる会話は、どうも穏やかではないようだ。




「…に怒るなよ…なぁ容子(ようこ)…」

「こんな時間に帰って来て何を…!」

「ま、まぁまぁ…あ!俺も食事いただいていいかな?容子の煮物は美味しいから…俺楽しみにして帰ってきたんだけどな?」

「……お食事ならもうお済でしょう?"あちら"のお宅で」

「そ、それは………あ」




フッと会話が途切れて、二人がこちらを見た。




(あ…!)



バツが悪そうに俯く女将さんの隣。

その人は、間違いなく町中で見たあの男性だ。




"そんなに悲しい顔をしないで…僕の心は君のものなんだから…"




あの背中に回された細い腕を思い出した。




(え?待って、今女将さんのこと"容子"って名前で…でもじゃああの女の人は…)



ぐるぐると頭の中を回る疑問と、自然と結びついた答え。

私は無意識に眉間に皺を寄せていた。


何となく信介さんを見やると、彼はまた苦虫を噛み潰したような顔であの男性を見ている。



(し、信介さん…)


「おぉーい!信介!酒まだかー!?」



どうしたらいいのかとオロオロしていると、ちょうど大広間から声が掛けられた。



「あ…はい!今行きます!…結さん、行こう」

「は、はい!」



信介さんは何も言わずに女将さんたちに背中を向ける。

私も小さく頭を下げると、慌てて彼の後を追った。




「…………」



チラリと見えた女将さんの手…

働き者の手が、ギュウッと握られて白く震えている気がして、胸がチクンッと痛んだ。

三ノ幕に続く

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