ふたりぼっち | ナノ




みっつめ
   └六



他愛ない話をしながらしばらく歩いていると、急に信介さんがきょろきょろし始めた。


「…佐治さん、何でこっちの道…」



佐治さんの背中で、信介さんは怪訝な顔をしている。

私たちは信介さんの言葉の意味がわからず、きょとんと彼を見つめた。



「何でって、こっちの方が近道だろ?」



佐治さんは首だけで信介さんを振り返って笑う。

しかし、信介さんは更に慌てた顔になった。



「だ、駄目っすよ、佐治さん!!こっちは……!」



―ガラッ



信介さんの言葉を遮るように、すぐそばで戸を引く音が響く。




「あ…っ」

「……あちゃー…」



二人はその音の主を見て、顔を歪めた。



「…?」


(…あの人たちがどうしたんだろう…?)




彼等の視線の先には、一組の男女がいる。

戸を出ようとした男性を、中の女性が引き止めているようだ。




「…またすぐに来るさ」

「でも…」



ぽつぽつとそんな会話が聞こえてくる。




「そんなに悲しい顔をしないで…僕の心は君のものなんだから…」

「…あ……」



男性の体が少し家の中に傾いたかと思うと、ややして細い腕が彼の背中に回された。




「…………」


(う、う、うわーーーー!!!)




どうやら私達は男女の艶っぽい逢瀬の終わりを覗き見てしまったらしい。

やっと治まった顔の火照りが、再びじわじわと戻り始める。


でもこのままみんなで足を止めて眺めているわけにはいかないんじゃ…




(い、今の内に…通り過ぎよう!)


「あの、佐治さ………」



早く立ち去ろうと、佐治さんのほうを向けば。




「…………」

「…………」



佐治さんと信介さんは、何とも言えない顔をしてまだ戸口の方を見ていた。

信介さんに至っては、ほぼ睨んでいるといった方が近い気がする。




「…佐治さん?」



どうかしたのかと首を傾げていると。

「じゃあ…」と小さく声が聞こえて、先程の男性が再び戸口から体を出した。


男性は中の女性に手を振りながら表に出ると、フッとこちらに視線を向ける。




「―――っ!!」



しかしこちらを見たと思った瞬間、その表情はビクリと固まった。



(……??)


どうも彼の視線は佐治さんと信介さんで止まっているようだ。



(知り合い、かな?)


そう思いながら二人の様子を窺う。

佐治さんは少し困った顔をして小さく頭を下げた。


でも、信介さんはまるきりそっぽを向いて苦虫をつぶしたような顔をしていた。




「…あなた、どうかしたの…?」

「あ…小夜(さよ)…」



様子がおかしい事に気がついたのか、家の中から女性がひょこりと顔を出した。

とても淑やかそうな線の細い女性が、男性の背中越しに私達を見回す。


思いの外野次馬がいたことに驚いたのかもしれない。


「あ…やだ…」

そう小さく零すと、着物の袂で顔を覆ってサッと中に引っ込んでしまった。



「さ、小夜…!」



それを見た男性は、慌てたように再び家の中へと入っていってしまう。

そしてガラガラっと音を立てて、戸を閉めたのだった。



「な…何か悪い事しちゃいましたかね…?」



何が何だか良くわからないけれど。

きっとあの二人の邪魔をしてしまったんだろう。


こそっと薬売りさんに言うと、薬売りさんも訳がわからないと言ったように肩を竦めた。



「すみません!行きましょうか!」

「え、あ、はい!」



佐治さんはニコッと笑いながら、再び歩き始める。

私達もぎこちない笑顔を返すと、彼についていった。


背中の信介さんはまだそっぽを向いていて。

私からはその表情は窺えない。



でも時折、


「もう!佐治さん!」

「悪い悪い、うっかりしてたよ」

「うっかりしすぎっすよ!」


そんな会話を交わしているところを見ると、まだ臍を曲げているのだろう。




(…結局誰だったのかな…?)


何となく尋ねる機会を掴み損ねたまま、しばらく歩いた頃。



「さ、着きましたよ!」

「…わぁ…!」


私達は大きなお屋敷に辿りついた。



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