みっつめ
└七
「"高砂(たかさご)組"…?」
お屋敷の門には大きく看板が掛けられている。
それを見上げて、思わずポカンと口を開けてしまった。
「そう!うちは高砂組、華の大工さ!」
信介さんはえっへんと言わんばかりに笑う。
「華の町大工が怪我してちゃ世話ねーなぁ」
「さ、佐治さん!」
カラカラと笑いながら二人は私達を中へと促した。
「女将さん、女将さーん!」
上がり口から佐治さんが大きな声を掛ける。
程なくして奥から一人の女性が顔を出した。
「佐治?随分早い……信介!」
「女将さん…へへ…」
「へへ、じゃないよ!怪我したのかい!?ったく馬鹿だねぇ!」
女将さんは負ぶわれた信介さんを見ると、顔色を変えて走り寄ってきた。
ちょっと恥ずかしいのか、誤魔化し笑いをする信介さんをペシッと叩く。
「いて!女将さん俺怪我人…」
「頭を怪我した訳じゃないだろう!?甘ったれんじゃないよ!」
厳しい口調をしながらも、女将さんの顔には明らかに心配の色が滲んで。
(…ふふっ、絹江さんみたい)
懐かしい元気な笑顔を思い浮かべて、一人ほんわりとしていた。
「…あら、お見苦しいところを…」
女将さんはハッとして私達に気がついて、改めてこちらに向き直った。
「女将さん、この人たちのお陰で信介、すぐに手当てしてもらえたんですよ」
「まぁ、それは…どうもありがとうございました」
「薬の行商…さん、でいいんっすよね?」
三人の視線を受けて、薬売りさんはニコリと微笑む。
『…ええ、ただの薬売り、ですよ』
…いつも隣で見ていて思う。
薬売りさんの営業用の笑顔はとんでもなく美しい。
大体の女性はこの人を喰う様な綺麗な笑顔に頬を染めるのだ。
(…まぁ、私もひっそりとときめいているんだけども)
「じゃあ、うちに置いておく薬もいただこうかしら。信介の足のこともあるし」
しかし全ての女性に対して効果があるわけではないらしい。
女将さんは顔色ひとつ変えず、彼と同じく口元だけの笑顔を見せた。
(おぉ…これは珍しい…)
失礼を承知でこっそりと彼女を窺ってしまう。
少し大柄な女将さん。
こういった仕事のせいだろうか、肌が白いとは言いがたい。
頬骨にはそばかすが浮かんでいた。
"女性らしい"という表現にはちょっとだけ遠いような気がした。
(あ……女将さんの手…)
でも若干骨ばった指先は、絹江さんに良く似ている、働き者の手だ。
「女将さん、今日この人たちを泊めてあげて欲しいんです」
「え?」
「俺を助けてくれた御礼に親方が…もちろん俺からもお願いします…!」
信介さんと佐治さんが一生懸命女将さんにお願いしてくれている。
私達も一緒に頭を下げた。
『ご迷惑でしょうが、お願いします』
「あの、お手伝いできる事は何でもしますから…!」
女将さんは慌てて私達に頭を上げるように、
「もちろん、騒がしい家ですがゆっくりしていって下さい」
そう言って小さく笑った。
「あ…ありがとうございます!」
「いえ、こちらこそ…うちの若い衆がお世話になりました。さ、どうぞ」
私達は女将さんに案内されて、少し得意気に笑う信介さんたちと一緒にお屋敷に上がった。
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