みっつめ
└四
「…お前ら何さぼってる」
「あ!銀二(ぎんじ)親方!」
「親方!」
奥から威圧感たっぷりの声が響く。
信介さんたちは瞬時にピリッとした表情に戻った。
ゆっくりと近付いてくるその人は、静かに薬売りさんと私を一瞥する。
「親方、すみません!俺、ドジッちゃって…」
信介さんは再びがばっと頭を下げた。
"親方"さんは信介さんに視線を戻すと、眉間に寄せていた皺を少しだけ緩める。
(あ………)
心なしか親方さんの顔に安堵の色が浮かんだ気がした。
しかしすぐにまた迫力のある皺を刻むと、「うむ」と小さく答えた。
「うちの若いのが悪かったな」
『…いえ、これが生業ですから』
親方さんの醸し出す迫力と言うか義理堅さが伝わっているのだろうか?
薬売りさんはいつもより少しだけ真面目な顔で向き合う。
「あんたら見ない顔だな」
『えぇ、旅の途中でして』
がちゃりっと音を立てて、薬売りさんは再び薬箱を背負った。
そして真っ直ぐ親方さんを見つめると、若干わざとらしく続ける。
『あぁそうでした…この辺にいい宿はないですか?』
「………??」
…この辺りはなかなか栄えている町だ。
普通に歩いていれば宿屋のひとつやふたつ見つかるだろう。
何も彼等に聞く必要はないはずなのに。
薬売りさんの思惑がわからないまま口を噤んでいると。
「それならうちに泊まるといい。うちのを助けてもらった礼だ」
親方さんはちょっとだけ目元を柔らかくする。
「薬代もあるだろうし、そうしてくれ。女将さんもきっと快く迎えてくれるだろうよ」
「…そうっすね!俺からもお願いします!」
信介さんを始め、周りの人たちも親方さんの言葉に賛同するように頷いた。
『…では…お言葉に甘えて』
「――!!」
『結、呆けて無いであなたもお礼を言いなさい』
薬売りさんにコツンっと軽く小突かれて、私はハッと我に返った。
「あ、ありがとうございます」
慌てて頭を下げると、薬売りさんは隣で余所行きの綺麗な笑顔を浮かべて親方さんたちを見ている。
「信介、お前も一緒に帰れ」
「え、でも…!」
「おい佐治(さじ)、信介を負ぶって連れてってやれ」
「へい!」
親方さんに声を名前を呼ばれた佐治さんは、しょんぼりしている信介さんの肩を慰めるようにポンッと叩いた。
信介さんは小さく頷くと、大人しく彼に身を任せる。
「ほら仕事に戻るぞ」
「へい!」
その様子を見届けた親方さんは、周りの人たちに一声かけると再び奥の方へと行ってしまった。
親方さんの声に威勢よく返事をすると、他の人たちもそれぞれ散っていく。
「さ、案内します!」
佐治さんはニカッと笑うと、私達を促して歩き出した。
薬売りさんは小さく頷くと、素直に彼についていく。
「………」
(…薬売りさん、さっき…)
『…結?』
「は…はい!」
宿のことを親方さんに尋ねたとき。
きっとみんなは気付いていなかったけれど、私は見てしまったのだ。
彼の唇の端が、ニヤリ、と少しだけ上がったのを。
(……何かあるのかな…?)
私はほんのりと不安を感じたまま、彼等の背中を追ったのだった。
二ノ幕に続く
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