みっつめ
└三
賑やかな町を歩く。
ここは住宅地と言ったところだろうか。
長屋続きの家並みに、子供から大人まで忙しなく行き来していた。
「…………」
"ろくろ首だってよ"
さっきのお客さんの声が頭をぐるぐる回る。
(…確か首の長い怪だよね?この本にも載ってるかな…)
私は小脇に抱えた本をチラリと見た。
『…宿が決まったら見てみたらどうですか?』
そんな私の様子に気付いた薬売りさんがぽつりと呟く。
「…本当ですかね?」
『何が?』
「ろくろ首ですよ!この辺に出るって…」
薬売りさんは首を傾げて少し考える仕草をした。
『…まぁ、ろくろ首自体たいして珍しいものじゃないですからね』
「え!!!」
『とは言え、見たからって殺される訳でも無し…気にするほどのことではないでしょう』
何とまぁ。
気にするなとは、無茶な事を言うものだ。
首の長い人と暗闇で出くわしたら、悲鳴を上げない自信がない。
「く、薬売りさんは慣れてるでしょうけど…」
ちょっぴり不満気に答えた私を、彼はふんっと鼻で笑った。
『結だってそこらの娘よりかは慣れているでしょう?』
「う…まぁ、それはそうかも…」
『そうかも、じゃなくてそうでないと困るでしょう?私と一緒にいるのに、モノノ怪を見るたびにいつまでも白目むいてたら身が持ちませんよ』
「…………」
『…そもそもそんな心配するより先に…私がいて怖い思いをさせる訳無いでしょう』
(う…ず、ずるい…!)
そんな風に言われたら怖いだなんて言えなくなってしまうじゃないか。
きっと薬売りさんにはお見通しなのだ。
私を宥める言葉も、何もかも。
例えありきたりな言葉でも、彼の唇から零れることによって私には特別になる事も…
「…何か悔しいですね…」
『…ん?』
「いえ、何でもな…いひゃっ!」
『…………』
薬売りさんは歩きながらも、慣れた手つきで私の頬をむぎゅっと抓った。
「いひゃいれす!」
『…生意気な』
「ごめんなひゃい…」
いつものやり取りをしていると、少し先の通りがにわかに騒がしくなる。
(…なんだろう?)
薬売りさんも気が付いたようで、私の頬から指を外すと首を傾げた。
訝しく思いながらも、私達は声のする方に足を進める。
すると騒ぎの元は男の人たちだとわかった。
「お、おい!信介(しんすけ)大丈夫か!?」
「いてぇ…いてーよー!」
「わ!馬鹿!動くなよ!」
道行く人も何事かと足を止めている。
ちょっとした人だかりの隙間から様子を窺ってみると。
「…!薬売りさん!」
数人の男の人の中に蹲っている影が見える。
「信介、動くなって!」
信介と呼ばれた男の人は、足を押さえながら顔を顰めていた。
『…動かないで下さい』
薬売りさんは人だかりを避けて彼に近付く。
そして背負っていた薬箱を下ろすと、足を押さえていた手を退かした。
薬売りさんは、ふむ、と小さく零すとカチャカチャと薬箱を探る。
蹲っていた人もその周りに集まっていた人もぽかんとして薬売りさんを見ていた。
「あ、あんた医者か何かか?」
その内の一人が思い出したかのように声を掛ける。
薬売りさんは首を振ると、
『いえ、ただの薬売りですよ』
そう答え、ふと上を見上げた。
『…落ちたんですか?』
薬売りさんが指差した先には、まだ剥き出しの家の骨組みがある。
「あ、ああ。それで信介の足は…?」
『折れては無さそうですが…』
そっと足首に触れられた伸介さんは、痛みに顔を歪めた。
『まぁ応急処置はしますけど、ちゃんと医者に行ったほうがいいですよ』
薬売りさんは取り出した薬で手際よく手当てしていく。
いつの間にか集まっていた野次馬と信介さんの仲間達は、おーっと感心したような声を漏らした。
『…結、何ボーっとしてるんです。そこの手拭を取ってください』
「あ、はい!」
一緒になって見とれていた私は慌てて薬売りさんの指示に従った。
『…これで少しは楽になるでしょう』
最後にキュッと手拭の端と端を結ぶと、薬売りさんはパンパンッと手をはたく。
それを合図に、周りの野次馬達は口々に「良かった良かった」と会話しながら方々に散っていった。
「あ、あの!ありがとうございました!」
信介さんは座ったまま、ぺこりと頭を下げる。
「本当いいところに通りかかってくれたよ」
「あぁ。おい信介!このおっちょこちょいが!」
彼より少し年上だろう仲間の人たちは、心配しながらも信介さんの頭を軽く小突いた。
(ふふっ仲良いんだなぁ)
少しバツの悪そうな信介さんと仲間の人たちのやり取りは、何だか可愛らしくて。
私はこっそりと頬を緩めた。
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