みっつめ
└二
結は大事そうに本を包むと、慌てたようにお団子を頬張った。
『…………』
明らかな動揺を目の当たりにして、薬売りはちょっとだけ顔を顰める。
前の村で結にした質問。
きっと意地の悪い質問だったろうと、未だに悔やまれる。
結の未来に希望を抱いてこの世を旅立った父…
その感情と、みどりとあかねとのそれを比較できないのはわかりきってる。
『…………』
でも、考えて欲しかったのだ。
目の前のものを、見たままの角度で考えるのは、言ってみれば結らしい。
それが彼女の良いところであり、真っ直ぐである証拠だ。
実際結は若干、幼く思えることが多い。
…だが、いつまでもそんな幼子の純真さだけで過ごしていられる程、結の抱えた過去は容易なものではない。
"過去を受け入れる"
言葉にすれば何と簡単なものか。
ではどう生きていけばいいのか…
そう問われれば、きっと自分では上手く説明できない。
こうすればいいなどと、偉そうに言うには重過ぎる。
それに……
(…純粋に…言えるかどうか…)
自分が彼女を想っている以上、何を言っても嘘くさいと思うってしまうのだ。
彼女の求めるものが自分だけであればいいと思う。
彼女が縋る手が自分のものだけであればいいと思う。
本当ならば何も考えなくていいように、何も心配しなくてもいいように。
この腕の中に閉じ込めてしまえれば…
…でも、その想いを突き詰めたところで、それは"あの男"と同じなのではないか…?
『…………』
この気持ちが自分を支配している内は、まともに導けやしないだろう。
…そしてその支配がとかれる事はないと自覚しているから、尚更性質が悪い。
チラリと脇を見れば、結はむぐむぐと頬を膨らませながら団子を食べている。
(…何とまぁ暢気な…)
人の気も知らないで、とはなるほどいい言葉だ。
でもまぁ、あんな思いつめた表情をさせてしまった責を、多少は感じているのだ。
『…結』
「へ?」
きょとん、とこちらを向いた彼女の顎を軽く掬う。
『ついてますよ』
ぺろっ
「!!!」
口の端についたみたらしのたれを舐め取られて、結は目を丸くした。
と、途端にかーっと顔が赤く染まっていく。
「な、な、何して…!?こんなとこで…!!!」
『たれが付いてたんですよ、お馬鹿さん』
「だかっだからって…!!」
顎を掴まれたままでは結は自分から顔を背ける事はできない。
と言うより、抗議に必死で真っ赤な顔であたふたするのが精一杯のようだ。
『…ふっ』
結のもどかしさを感じながらも、こういう初々しい反応だけはいつまでも失くさないで欲しい。
そう思っているのも揺ぎ無い事実で。
薬売りは観念したようにひとつ息を吐くと、結の頭をポンポンッと撫でる。
『…さ、そろそろ宿を探しに行きますか』
「あ…そうですね!」
ゆるりと笑顔を交し合って、席を立とうとしたとき。
「…だってよ〜」
「ひえ〜そいつは怖いなぁ!」
ふと横を通り過ぎようとする客の声が耳に入る。
「ろくろ首なんて見たら腰抜かしちまうなぁ」
「俺もだよ…くわばらくわばら…!」
二人は肩を竦めて身震いすると、御茶屋を後にした。
何となく結と共に視線で二人の客を追う。
『…………』
「…………」
どちらからともなく視線を合わせると、不穏な単語に結の目にほんのりと不安の色が灯るのだった。
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