みっつめ
└一
― 一ノ幕 ―
「……ふむふむ」
私はペラリと紙を捲りながら、お茶をすすった。
文字と挿絵を交互に見ながら、思わずほうっと息が漏れる。
「なるほど…家鳴りって小さな妖怪なんだ…」
そう呟きながら、視線は離さないままに再び湯飲みに手を伸ばせば。
こつんっ
「いたっ」
『…そんなに顔を近づけて読んだら目が悪くなります』
「…!」
軽く小突かれた頭を摩りながら見上げると、そこには薬売りさんの少し呆れた笑顔があった。
「お、おかえりなさい!全然気付かなかった…!」
『…やれやれ』
慌てる私を一瞥すると、薬売りさんは薬箱を置きながら私の隣に腰掛ける。
そして自分もお茶とお団子を、と注文した。
―あれから辿りついた町は、なかなか活気のあるところで。
今いるお茶屋さんも、先程からひっきりなしにお客さんが出入りしている。
薬売りさんに"仕事"を片付けてくるからここでお茶を飲みながらいるようにと言われて、私は彼の帰りをのんびりと待っていたのだ。
「今日もお疲れ様でした」
薬売りさんは返事をする代わりにお茶を啜りながら小さく肩を竦めた。
私も手にしていた本を閉じて、すっかり冷たくなったお茶を飲んだ。
『…それにしても』
「はい?」
『まさか結がそんなに本の虫とは』
薬売りさんは私の膝の上の本をとんっと指差して笑う。
この町についてすぐに小さな古本屋を見つけて、これを買ってくれた。
『…ほう、これは珍しい』
「何ですか?」
『ほら、これがあれば多少の退屈凌ぎになるでしょう』
「で、でもいくら古本でもこういうのって高いんじゃ……あっ!!」
薬売りさんがチラッと表紙を捲った瞬間。
(お、面白そう…!!)
一瞬にして釘付けになってしまったのだ。
小さい頃は父の書物を読み耽りながら過ごした。
それが逃避方法でもあったのだけど…
私は父の本好きをしっかり受け継いでいたらしい。
元来こういったものが好きなのだ。
『ふ…っ目がキラキラしてますよ?』
「あ…っ」
私の頭をポンッと撫でると、そのまま購入してしまったのだった。
「だってこれ、色んな妖怪が載ってて面白いんですよ!」
『…そりゃ妖怪図鑑ですからね』
呆れながら薬売りさんはお団子を頬張る。
私は再び本を開くと、薬売りさんに見せた。
「家鳴りって、こんな小さな小鬼だったんですね」
『…………』
「こんなに小さな妖怪なら怖くないなぁ…」
『…プッ』
「!?」
薬売りさんは私から顔を背けて、肩を振るわせ始める。
訳がわからず首を傾げていると、薬売りさんはチラリと私を見て目尻を拭った。
『…あんなに怯えてたくせに』
「な…!」
『ビクビクして眠れなかったくせに』
「だ、だって!てゆーか薬売りさん、家鳴りの正体がわかってたなら早く教えてくれたら良かったのに!」
まだくつくつと笑う薬売りさんに、今度は私がむくれて顔を背ける。
…だって、あの古びた家に響く音は怖くって。
きっとあかねちゃんの事もあったのだろうけど、あの家の家鳴りは絶え間なく続いていたんだもん。
「…………」
ふっとあの日の夜が頭を過ぎった。
"結の瞼がもう永遠に開くことができないとしたら…"
"目の前の大事な人に、結は何を願うんですか?"
背後で燃えていく木の音と、橙に染まる薬売りさんの顔が否応なしに浮かぶ。
"私がこの世を去るときは、みどりも一緒に来て欲しい"
「…………っ」
あかねちゃんの声が耳元で聞こえた気がして、思わずギュッと手を結んだ。
『…結?』
「っ!は、はい!」
『…………』
薬売りさんはジッと私を見ると、黙って指の背で頬を撫でる。
自分の心の奥のざわつきと、彼の仕草でばくんっと心臓が跳ねた。
『……そろそろ宿を探しましょうか』
「あ、そ、そうですよね」
私はぎこちない笑顔を浮かべると、食べ残していたお団子とお茶を慌てて口にした。
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