ふたりぼっち | ナノ




ふたつめ
   └十五



― 終幕 ―


「あかね!あかね!!」



うつらうつら始めた頃。

みどりくんの悲鳴にも似た叫び声でハッと目を覚ました。



「―!!」



慌てて体を起こそうとすると、隣の薬売りさんはすでに目を覚ましていたようで半身を起こしている。




「薬売りさん!あかねが…!!」


程なくして暗闇に床が軋む音が響いてみどりくんの声が飛び出してきた。




『…………』



薬売りさんは無言のまま羽織を手にすると、部屋を出て行った。

私も急いで起き上がると、部屋の片隅に置かれた薬箱を引き摺るようにして彼等に続く。


あかねちゃんの寝ていた部屋には、小さな蝋燭の灯りが揺れていた。

起きてからすぐに嫌な音を立てて暴れる心臓が痛い。


ずっしりと重い薬箱が、更に不安を煽っている気がした。




「あ、あかねちゃ…!!」



横たわる彼女の顔は、蝋燭の頼りない灯りのせいだろうか。

もう色など少しも残していないかのように、白く白く、透き通って見えた。



「…は…っ…は……っ」



苦しそうに息をするたびに、あかねちゃんの胸が小さく上下する。

虚ろに開かれた赤い瞳に映りこんだ小さな灯火が、今にも消えそうに揺らいだ。




「あかね…あかね…!」



みどりくんが傍に寄ると、それに反応したように白い小さな手が空を掻いた。




「あかね!」



その手をパッと受け取ると、みどりくんは両手でギュウッと握り締める。

瞬間、あかねちゃんの表情が少し緩んだように見えた。




「く、薬売りさん…何か…何か薬を…!」



自分の指先が痛いほど冷たく感じて、私は思わず薬売りさんの着物を掴んだ。

しかし彼は何も言わずにみどりくんとあかねちゃんを見ている。



「薬売りさん……っ!!」

『……結』

「わ、私、手伝いますから!」

『結』



何も答えてくれない薬売りさんに焦れた私が、足元の薬箱に飛びつこうとした時。

私の伸ばした腕は薬売りさんによって掴まれる。


そして薬売りさんはゆっくりと振り返ると、静かに首を振った。




「………!!…そんな……」



いま、私の目の前で、あかねちゃんが苦しんでいる。

そして彼女の名前を呼ぶみどりくんの声も、もう涙混じりでよく聞き取れない。


それなのに。




「な…なんで……」



私は首を振った薬売りさんを、呆然と見つめるしかできなかった。

薬売りさんは私の視線を受けて、一瞬悲しそうな顔をすると、またゆっくりと二人に向き直る。




『……薬が必要かどうか』



ぱき…っ


みしみしっ




『あなたならわかるでしょう?』




家鳴りに混じって薬売りさんの声が涼やかに問い掛ける。

みどりくんはあかねちゃんの手を握ったまま、こちらを向かずに答えた。



「……薬は…必要ない」



ぱきんっ


ぱんっ



「俺にはわかるから…俺だけにはわかるんだ…」




みどりくんは静かに言うと、あかねちゃんの手を自分の頬に寄せた。

ぽつぽつと落ちる彼の涙に呼応するように、家鳴りは鳴り止まない。




「…………」



さっきまで"何で"とか"どうして"とか、色んなことでぐちゃぐちゃだった頭の中が段々落ち着いてきた。

目の前で寄り添う二人が、全ての答えで、それ以外の答えなんて二人は必要としていなかったから…




「……み、どり…」



白い手を必死に伸ばして、彼の頬を両手で包むあかねちゃんは、この世の何よりも儚くて愛しいものに見えた。




「みどり…みどり…」

「…うん…」



みどりくんの輪郭を確かめるように、あかねちゃんは両手で何度も彼の頬を撫でる。

そしてその目に焼き付けるように、みどりくんの顔をじっと見つめていた。


古ぼけた布団に広がる、あかねちゃんの白い髪は波打つ絹の川のようで。

何だかその美しさが悲しくて、私は薬売りさんの着物を再びギュウッと掴んだ。




「みどり…ありがと…」

「…あかね…?」

「…みど、り…みどり…」




うわ言の様に繰り返し名前を呼ぶあかねちゃん。

かろうじて上下していた胸は、段々と動かなくなってきていた。




みし…っ


ぱき…


ぱき……



苦しそうな呼吸音と家鳴りしか聞こえない。

そして。




「………?」



私は家鳴りに混じって何かが聞こえてきた気がした。

あかねちゃんが何か話しているのかと目を凝らしたけれど、そうでもない。



『…………』



薬売りさんも何か感じたのか、ゆっくりと部屋を見回している。




ぱき…っ



――………だよ



みしみし…っ




――……いきなの




(…これ、やっぱり…!)



家鳴りに混じって聞こえるのは、紛れも無くあかねちゃんの声だった。



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