ふたりぼっち | ナノ




ふたつめ
   └十三



ぱきん


みしみし…っ




「あかねちゃん……」



家鳴りの響く部屋の中。

私は真っ白な頬の彼女を覗き込んだ。


元より白い肌は更に色を失って、その内透き通ってしまうんじゃないかと不安になった。




みどりくんが倒れたあかねちゃんを抱えて一番奥の部屋に運んできた。

いつもこの部屋で過ごしているのか、他の場所より少し整頓されているように見える。


それでもさっきから止まない家鳴りと、お世辞にもまともとは言い難い布団。

ただ傍らに座っていることしかできない事がもどかしくて、私は彼女の手にそっと触れてみた。



「……ん…っ」

「…あかねちゃん!」

「…あ…結ちゃん…」



白い長い睫毛が揺れて、あかねちゃんが目を覚ます。

まだ少しぼんやりする赤い目線を私に向けた。



「みどりくん呼んで…」

「ううん…大丈夫、もうすぐ来るから」

「え?」



あかねちゃんはクスッと笑うと、「わかるの」と言って枕元に置かれた頭巾とお手玉に目を向けた。



「…これね、みどりが作ったのよ」

「へぇ…頭巾とお手玉…みどりくん器用なんだね」

「うん、みどりは何でもできるもの。私が納屋に閉じ込められてる時も、みどりは自由にできたのにいつもお父さんの目を盗んで納屋に来てくれてた」



あかねちゃんは嬉しそうに目を細めた。

その表情を見て、私はホッとするのと同時にふと思い出す。


みどりくんを信頼しきっているあかねちゃんの様子。




(…やっぱり兄妹っていうより…)


「この家もね、みどりが見つけてくれたのよ。あの派手な着物の人と父さんから逃げるための隠れ家なの」

「そう……」



無邪気に話す彼女を見ていて、ツキンッと胸が痛んだ。


あかねちゃんは全部理解しているんだろう。

自分の事も、お父さんの事も……




「結ちゃんは驚かないのね」

「え?」

「私を見て、不気味だって思わないの?村の人はギョッとして逃げていくよ?」




きょとんとしたまま私を見るあかねちゃん。

その視線が、今までの周りの反応を物語っていてまた胸が痛んだ。




「…私は…驚いたりしないよ。自分と違うものを見て怖がるのは…何だか違うもの」




…小さい頃、私にしか見えない男の子は、赤い目を持つ白い鬼だった。

大きな紅い狗神を見ても、大きな翼を持つ八咫烏と出会っても。


怖かったことなんてない。




「…本当に怖いのは、そう言うのを蔑んだり奇異の目でみる…人の心のほうだよ」



あかねちゃんは少し目を見開いた後、みどりくんそっくりな笑顔を浮かべる。



「みんなが結ちゃんみたいだったらいいのに…」

「あかねちゃん…」

「でもね、私、自分がこういう姿で産まれて来た事は嫌じゃないの。周りの人がどんなに気味悪がっても、別にいいの。お父さんに見てもらえなくてもいい」



枕元の頭巾とお手玉に手を伸ばすと、彼女はそれをギュウッと抱き締めた。




「本当は見世物小屋だって、行っても怖くない…みどりがお父さんに反抗するとたくさん殴られて痛そうだもの…いつか納屋に来たみどりは傷だらけで…だったら私が見世物小屋に行けばみどりはもう殴られたりしないでしょう?…でも…」

「…………」

「……そこに行ったら、きっともうみどりに逢えなくなる」

「あかねちゃん…」

「…みどりと一緒にいられなくなるもの…他人の目よりそっちの方が怖い…」



みしみしと響く音が、悲しく聞こえる。


彼女にとって、みどりくんが全てなのかもしれない。

産まれてから、今日のこの瞬間も、これから先も…


きっと彼女が心から信用するのは、みどりくんだけなんだろう。




「…私には、みどりだけなの…みどりしかいないの…」



そう繰り返す彼女が、かつての自分と重なって泣きたくなった。




「…この家ね、私、お気に入りなんだ」



ゆっくりと部屋を見渡しながら、あかねちゃんが呟いた。

私は慌てて目元を拭うと、彼女の視線を追う。




「ここにはたくさん話し相手がいるし」

「…え?」



何が…?

そう問い掛ける前に、ガタッと襖が開いた。




「あかね…良かった、気がついたか」

「みどり…!」

「結、ついていてくれてありがとな」

「あ……ううん、私は何も…」




改めて聞こうと思ったけれど。

でも今日一番の笑顔を見せるあかねちゃんを見ていたら、ホッとしてしまって。


何も聞かないまま私は部屋を後にした。



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