ふたつめ
└十
― 三ノ幕 ―
「…生まれた頃から、あかねは真っ白で親父は随分気味悪がったそうだ」
みどりくんは静かに話し出す。
あかねちゃんはあまり気にしていないようで、赤い縮緬のお手玉をぽんっと宙に投げていた。
「見ての通りこんな田舎の小さな村だ…双子を産んだってだけで、おふくろは陰口を言われていたよ」
『…まぁ、そういう輩は田舎も町も無くいるもんですよ』
薬売りさんの言葉に、みどりくんはフッと小さく笑った。
「…親父は小さな頃からあかねを家の奥に閉じ込めた。もちろんお屋敷の様に座敷牢なんてものはないから…裏の小さな小さな納屋に」
「そんな……」
「赤ん坊の頃からずっとだ。もちろん俺も赤ん坊だったから、後から聞いた話だけど」
『…母親も一緒に、ですか?』
「あぁ。おふくろは何度も俺とあかねを外に出して欲しいと親父に頼んでいた。でもその度に親父に殴られて…俺とあかねを抱き締めて泣いていたよ。ごめんね、ごめんねって……」
悔しそうにぎゅうっと目を閉じる。
「そんなおふくろの姿が俺の覚えてる一番古い記憶だ」
「……………」
…私は自分の幼い頃をぼんやりと思い出していた。
私達は晴れの日も雨の日も、自由に走り回れた。
春の桜も、夏の暑い日差しも、秋の赤蜻蛉も、冬の冷たい風も…
大きな空と、広い土の上で感じることができていた。
それを生まれながらに奪われると言う事は、口で言うよりもずっと辛いことなのかもしれない。
みどりくんの横で、私達の話を気にも留めずお手玉で遊ぶあかねちゃんが、酷く悲しかった。
『…今、母親はどうしているんです?』
「おふくろは俺達が七つの時に病気で死んだよ」
「え……」
「最期まで謝りながら…親父に看取ってもらう事無く、淋しく死んでいった」
握り締められたみどりくんの手が、白く震えていた。
「でも、あかねは相変わらず納屋から出る事は許されず…俺と比べてあんなに小さくて、肌も真っ白だろ?あれって外でお天道様にあたらないせいだって思ってさ」
みどりくんの言葉に、薬売りさんは頷く。
「もう俺はある程度の歳になってからは外に出られたから、親父の目を盗んでたまにあかねを外に連れ出してたんだ。でも……」
『でも?』
「たまたま通りかかった村の人に見られて…あかねを指差して"化け物だ"って……」
「酷い…」
「うん…でも俺は見慣れていても、周りの人はそうじゃないから…村の人が悪いわけじゃない」
みどりくんは諦めたような笑顔を浮かべて、傍らにいるあかねちゃんを見つめた。
視線を受けたあかねちゃんは、赤い目を細めてにこりと笑顔を返す。
みどりくんにくしゃっと撫でられると、更にその笑顔をパァッと明るくさせた。
「あんたらが珍しいんだよ、あかねを見ても二人とも驚きこそすれ怖がりはしなかった」
『…………』
薬売りさんは無言のまま、ふむ、と首を傾げる。
そして首を傾げたまま、ぽつりと呟いた。
『珍しい…ですかね?私達からすれば、彼女は何らそこらの人と変わりないと思いますが…まぁ十人十色と言っておきながら、異分子を忌み嫌うのは人間の悪い癖ですよ』
薬売りさんの言葉に、みどりくんは一瞬目を見開くと、ギュッと眉間に皺を寄せた。
結ばれた唇が震えいる。
「…みんな…あんたらみたいに思ってくれてたらいいのに」
(…みどりくん…)
涙で揺らいだ声に、胸が痛くなった。
薬売りさんの言うとおりだ。
彼女の何が怖いんだろう?
ただ、少しだけ持っている色が違うだけだ…
『…ただ、忌み嫌うと同時に興味をそそるのも事実』
「っ!!」
『そろそろ教えてくれませんかね?なぜ君たちは父親から逃げるんです?』
薬売りさんの質問は、この話の核の部分らしい。
明らかにみどりくんの顔が強張ったのがわかった。
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