ふたりぼっち | ナノ




ふたつめ
   └九



私達は再び、あの壊れそうな小屋に戻ってきた。

家に近付くと、相変わらずぱきぱきと家鳴りが響く。


びくびくしながら足を踏み入れると、奥からさっきの男の人が顔を覗かせた。




「…よかった、来てくれたんだ」

『……ここはあなた方の?』



家鳴りの音を全く気にしない薬売りさんは、昨日と同じようにばきばきと床を踏み抜く勢いで進んでいく。

私は慌ててそれに続いた。


今朝方まで休んでいた部屋で、男の人と頭巾の女の人は慣れた様子で寛いでいる。

時折大きく鳴る音に、頭巾の彼女は小さく笑みを浮かべる程だった。




「俺たちの家って訳じゃないけど…まぁ、隠れ家かな」



薬売りさんと私が彼らの近くに腰を下ろすと、頭巾の彼女はサッと男の人の後ろに隠れるようにした。




(まだ警戒されてるのかな?)



男の人はキュッと着物を掴んだ手に、自分の手を重ねる。




「…大丈夫だよ、あかね」



そう言われて、彼女は頭巾の下から私達を窺うようにして首を傾げた。




「…俺は、みどり。こっちは妹のあかね」

「こんにちは」



みどりくんに紹介されたあかねちゃんは、小さく挨拶を呟く。




「私は…」



自分の名前を名乗ろうとして、ふと薬売りさんを見る。

薬売りさんは無言のまま、こくりと頷いた。


これは彼がみどりくんとあかねちゃんをモノノ怪の類ではないと判断した、と言うことだ。




「私は、結です…こちらは…」

『…ただの薬売り、です』



薬売りさんは余所行きの笑みをにこりと浮かべると、懐を探った。



「お手玉…!」

『すみませんでしたね、勝手に持ち出して』



あかねちゃんは薬売りさんからお手玉を受け取ると、頭巾から覗く口角をキュッと上げる。

その様子が何だか可愛らしくて、私も思わずくすっと笑ってしまった。


そして口元だけを見ても、彼女が恐らく美人であろう事は容易に想像できる。




(…でも、何で頭巾なんて?病気かな…?)



不躾にならないように、ちらりと盗み見ながらそんな事を思っていると。




『お二人は兄妹なのに…妹さんはあなたを名前で呼ぶんですね?』

「あ……」



薬売りさんからの不意な質問に、一瞬みどりくんが息を呑んだ。



…言われてみればそうだ。


生まれや育ちなど関係ない。

どの家でもやはり下の兄弟が上の兄弟を呼び捨てにするのは違和感がある。


でも、あえて指摘しなければ気がつかなかった。




(二人とも…兄妹って言うより…)



「…俺達は双子なんだよ」

「え…双子?」

「あぁ、俺とあかねは同い年だ」




みどりくんはさっきまでの警戒心剥き出しの険しい表情ではなく。

とても柔らかい笑顔であかねちゃんを見ていた。


そしてあかねちゃんも、頭巾の下でニコニコとしているようだ。




『双子…それは珍しい……そう言えば』




薬売りさんは涼しい顔で質問を続ける。




『先程、あなた方を探していた人がいましたよ?』

「!!」

『一人は恐らくこの村の住民…もう一人は随分と趣味の悪い着物を着ていましたね』

「…………」




みどりくんは明らかに表情を強張らせた。

あかねちゃんもぎゅうっと彼の着物を掴んでいる。


急に緊迫し始めた空気に、ぱきん、みしっと家鳴りのおおとが不穏に響く。

私も固唾を飲みながら二人を見ていた。


…薬売りさんの質問は私も気になっていたから。


このお世辞にも豊かとはいえない村に、異質な派手な着物。

逃げるように消えた二人と、それを探す二人。



「……俺たちを探していた内の一人は…俺たちの親父だ」

「…!」




みどりくんが親父と呼んだのは、きっと私達に声を掛けてきた方の人だろう。

でも、何故…?



「…あかね」

「うん…」



みどりくんは促す様にあかねちゃんに視線を送ると、あかねちゃんが小さく頷いた。

そして彼女の白くか弱い手が、そっと頭巾に掛けられた。



「……!!」

『…………』




外された頭巾からはらりと髪が落ちてくる。

若干癖の掛かったそれは、言葉を失うほどに、見事な白だった。



『…白子、ですか』

「白子…?」



薬売りさんがぽつりと呟き、私は鸚鵡返しをするしかなかった。


漸く見られたあかねちゃんの真っ白な肌は病的にも思えて。

大きな瞳が兎の様に赤い。



「…………」



私は言葉を失ったまま、二人を見ていた。

三ノ幕に続く

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