ふたりぼっち | ナノ




ふたつめ
   └八



お手玉を指差された薬売りさんは、涼しげな顔で首をかしげている。

そんな彼とは裏腹に、男の人はどんどん眉間の皺を深くした。



「くそ…!あの家まで行ったのか…!?」

「みどり、私のお手玉…」



女の人の悲しげな声を聞いて、私はハッと我に返った。



「ご、ごめんなさい!」

『あ……』



私は慌てて薬売りさんの手からお手玉を奪うと、サッと彼女に差し出す。

そんな私を薬売りさんは不満そうに見ていた。



「もう…薬売りさん!」

『…………』



しらーっとしてる薬売りさんを困ったように呼ぶと、今度は男の人の方が声を上げた。



「薬……?あんた見世物小屋の人じゃないのか?」

「え……」



一瞬、何を言われたのか理解出来ずにいると、視界の隅で薬売りさんの口角がにやりと上がった気が…




(え……いま…?)


『…いかにも』



薬売りさんはいつもの無表情のまま、スッと立ち上がる。




『私は薬売り、ですよ』



そしてにっこりと張り付いたような笑顔を浮かべて軽く頭を下げた。




「…………っ」



男の人は戸惑ったような、まだ怪しんでいるような表情で私達を見ている。

すると背中の女の人が、ふっと顔を上げて、自分達が来た道のほうを気にし始めた。



「みどり、誰か来る」

「あ…!」



男の人は慌てて彼女を背負い直す。




「そのお手玉を拾った小屋に来てくれ、頼む!」

「え!?」

「俺達はこっちから行くから…あんた等は元来た道を戻って小屋まで来て!」

「あ、ちょっと!」



男の人は私の声など気にする様子も無く、軽々と木々の隙間を縫って走っていってしまった。




「く、薬売りさん…」

『…………』




取り残された私達は何となく顔を見合わせる。


薬売りさんはふぅっと息をつくと、お手玉をぽんっと宙に投げた。

それをパシッと再び掌に収めると、




『…ひとまず、行きますか』



そう言って私を促した。




(一体何なんだろう…)




どこと無く不安に思いながら薬売りさんに続こうと一歩踏み出した。

すると。



「あ!ちょっと、あんた達!」



神社の鳥居付近から急に声を掛けられて足を止める。

声を掛けて来たのは一人のおじさん。



「あ……!」



先程見かけた派手な着物の人だった。




「あんた達、男と頭巾被った女見なかったか!?」

「…!!」



彼等はあわてた様子でこちらに走ってくる。

しかし、二人の表情の違いに、私は僅かに違和感を覚えた。




(…?)




先に走ってきた人は、決して綺麗な身なりではない。

困ったように眉を下げ、心なしか青褪めているようにも見えた。


でも後から悠長に歩いてきた派手な着物の人の方は、迷惑そうに眉間に皺を寄せている。




「どっちに行ったか教えてくれ…!俺の子供なんだ!」

「子供…?」



今にも私に詰め寄りそうな男の人を薬売りさんがスッと前に出て制した。



「く、薬売りさん…」

『その二人なら…』



薬売りさんはにこりと微笑むと、あらぬ方向を指差す。




『あちらに行きましたよ?』

「お、おぉ!あっちだな!」



二人の男性は確認するや否や、バタバタとまた走っていった。




「………」

『……さて』



薬売りさんは二人が消えたのを目視すると、私の手を取る。




『行きますよ』

「は、はい…」



二人が走り去った方向とは全く違う方へ、私達は歩き出した。



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