ふたりぼっち | ナノ




ふたつめ
   └四



『床に寝るのが趣味ですか?』

「そ、それは……」

『だったら早くしなさい。言ったでしょう、今日は疲れてるんです』



薬売りさんはそう言いながら、くっと欠伸を噛み殺した。





「…………」




そうだ。

私はいつも物陰に隠されてしまうけど。


薬売りさんはいつもモノノ怪と戦っていて。

その身を使って、私を養ってくれてるのだ。


今こうしているのだって、私を寝やすくしてくれてるからで…




「……重くてもどけませんよ?」



ぽつりと呟いた私に、薬売りさんはフッと微笑む。




『…そんなに柔じゃないですよ』

「…じゃあ…」



そろり、と横に寄り添ってみて。

ドキドキとうるさい心臓がばれないように、薬売りさんの腕に頭を置いてみれば。



『………』

「う、わぁ!」



急に持ち上げられた腕によって、私の視界は半回転する。

気がつけば、私の頭は薬売りさんの胸元にことりと落ちた。




「……っ」



薬売りさんの着物の香りがふんわりと鼻を擽る。

じわじわと伝わる体温が、不思議と気持ちを落ち着かせていた。


急に静かになった部屋に、ぱしん、みしっと音が響く。




『……家鳴りがうるさい…』

「…家鳴り?」

『ええ、古い家には良くあることです』



ここでまた薬売りさんが欠伸をひとつ。

そしてそのまま私の髪に鼻をうずめた。



「…おやすみなさい」

『おやすみ……』




ぱきんっ


ぱしっ



家鳴りに続いて、程なくして薬売りさんの寝息が聞こえてくる。




(…本当に疲れてるんだなぁ…)



私を抱え込むようにしたまま、薬売りさんの胸は規則正しく上下していた。

投げ出されていた自分の手で、そっと青い着物を握ってみる。




「……薬売りさん、お疲れ様です…いつもありがとう」



家鳴りにかき消されそうなほど小さな声で囁けば。




『…ん……』



少し声を零して、薬売りさんの両手にぎゅっと力が篭った。



(…ふふっ)



伝わってくる温もりと鼓動が心地よくて、薬売りさんの優しさが嬉しくて。

静かに目を閉じようとしたとき。




(…あれ…?)



薬売りさんの体越しに、何かを見つけて目を凝らしてみる。

でも夜の暗さが邪魔をして良く見えない。



(んー…っと…お手玉…?)



そうだ、あれはお手玉だ。

この古い家に不似合いな、綺麗な赤い縮緬生地のお手玉。




(何でこんな所に…?)



人が住んでる形跡は、全く無い。

そんなに新しい訳ではないのだろうけど、あまりに違和感がある。




「…………」



思わず目を逸らせなくなって、少し頭を起こしてお手玉を凝視してしまった。




―ばきんっ!!


「……っっ!!!」




一際大きく鳴り響いた家鳴りに、一瞬息が詰まった。

薬売りさんは気付かずに静かに寝息を立てている。


家鳴りは、また元通りに小さな音を響かせていた。




「…………」



私はぎゅうっと目を瞑ると薬売りさんの胸にしがみついた。

でも、ばくばくと跳ね始めた心臓をどうにも押さえられず。


どうにか眠りに落ちようとしたけれど、結局そのまま朝を迎えることになったのだった。

二ノ幕に続く

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