ふたりぼっち | ナノ




ひとつめ
   └二十七



「…薬売りさん」

『…………』

「あの……」

『何です、喧しい』



真っ暗になった部屋に、薬売りさんのくぐもった声。




「う、動けません…」



私は布団の中で背中からがっちりと薬売りさんに抱えられてた。

これじゃ、抱き締める…を通り越して羽交い絞めだ。


しかし僅かな抵抗を示す私をまるっと無視して、その腕にはさらに力が込められた。



「……っ」



このままじゃ心臓の速さと息苦しさで死にそうだ…



「あ、あの!」

『……傷…』

「へ?」



声と同時に薬売りさんの手がするっと私の腕に滑ってきた。



『まだ痛みますか?』

「あ…いえ、少しだけヒリヒリしますけど大丈夫です」



薬売りさんは私の返事を聞くと、ホッと力を抜いた。




「…本当にごめんなさい」

『え…?』

「薬売りさんの言うとおり、少し気が抜けてました」



彼の忠告を聞かないまま、子狸の兄弟に関わった挙句、怪我をして心配まで掛けて…

本当ならもっと叱られるべきなんじゃないかって思うのに。



(この状況は…ともすれば私にはご褒美に近くて…)


「これからはもう少し気をつけます…」

『………それは…』



薬売りさんは指先で腕の包帯をなぞりながら、私の首元に顔を埋める。

なんだか彼らしくない行動に振り返りたい衝動に駆られた。


…動けないんだけど。




『…それは私も同じです』

「え?」

『…………』

「今なんて……」


がぶっ


「いたっ!!!」



薬売りさんはあろうことか、私の首に思い切り噛み付いた。

そして何事も無かったかのように、また腕に力を込める。



「な、何するんですか!」

『…明日は移動ですよ、さっさと寝なさい』

「ちょ……!」

『足の怪我はもう大丈夫ですね?明日からもたくさん歩きますから…』



薬売りさんは気だるそうに欠伸をひとつ零した。



(あ…そう言えば寝不足っぽかったっけ…)



今朝の不機嫌な寝不足顔を思い出して、私は言葉を飲み込んだ。


ややすると規則正しい寝息が聞こえてくる。

ちょっと油断した薬売りさんの様子が何だか嬉しくて…


私は頬を緩めたまま眠りに落ちていった。




――翌朝。



「お世話になりました!」

「道中気をつけてな」



キラキラと朝露が輝く中、私達は和尚様にお礼を言う。


緑の多い山寺は、朝の空気が一層清々しい。

ふと横を見ると、薬売りさんは訝しげな顔で山寺の門のほうを見ている。




「…薬売りさん?……あ!」



門柱の陰で、こそこそと動く小さな影。

四つのふわふわは、完全に隠れ切れていないのに神妙な様子でこちらを伺っていた。




「あれ?」



少し視線をずらすと、門の内側に何かが置いてある。

私はまだ隠れている影に目配せをしながら歩み寄ってみた。



「わぁ!」



そこにはたくさんのどんぐりやあけび、何かの草もある。

そしてとこちゃんがくれた小さな野の花がそっと置いてあった。



「ほぉ、こりゃ御礼かな?」

「御礼…」

『……その薬草…』



どうも薬売りさんは、昨日薬草を採りに行ったのに途中で放り投げてきてしまっていたらしい。

山盛りの薬草を見ながら、珍しくその横顔は嬉しそうに見えた。


子狸たちの心遣いが嬉しくて、私は思わず門柱に向かって声を掛ける。




「ありがとう!みんな元気に大きくなるんだよ!」




四つのふわふわは、こちらを伺いながらタタッと走り去っていく。

昨日の様に何度も何度も振り返りながら。




「ありがとうー!」



私は緑の中に消えていく小さな影に大きく手を振った。




『…さぁ、そろそろ行きましょう』



薬売りさんはぽんっと私の頭を撫でる。




「…はい!」



晴れやかな気持ちで返事をすると、お坊様に御礼を言って私達は山寺を後にした。


さくさくと草を踏む音が山の木々に木霊する。

元来た道よりも少し開けていてとても歩きやすい。


私より二歩程度先を行く薬売りさんは、時折物憂げに溜息を吐いている。




(…やっぱり何か変だなぁ)



私が首を傾げていると、不意に彼が振り返った。




『…結』

「はい?」

『……結は…もし、おとう…』



薬売りさんが何かを言い掛けた時、ぱきんっと枝を踏む音がした。

何かと思って、二人してその音を出した主を探す。




「あ、もしかして…」



そこには数人の人がいて。

棒のようなものを持って茂みを探っていた。




「おぉーい、あったぞー!気をつけろよー!」



少し離れたところから男の人の声がする。

棒を持った人たちは、そちらに向かうと何やらごそごそとやっている。


そしてがちん!という鈍い音が聞こえ、男の人は背負い笊にそれを入れた。




「やっぱり結構あるな…」

「あぁ、これじゃ狸だって堪ったもんじゃないな…和尚様の言うとおりだ」



そんな会話を交わしながら、人々が山の奥へと進んでいった。




「…早速罠の回収に来てくれたんですね」

『…そのようですね』


(これで怪我をする狸も減るよね…!)



私は嬉しさを隠しきれずに里の人たちの背中を見送る。

薬売りさんは少しだけ呆れたように息を吐くと、ポンッと私の頭を撫でた。




「…薬売りさん?」

『…なんです?』

「私……もっと前を向いていきます」

『………』



この旅に出たとき、過去の出来事も自分も受け止めようと心に決めた。


でもその方法は、正直言って未だにわからない。

榮のことも、どこか引き摺ってしまっていて…


それでもあの小さな狸たちを見て思った。




「つまずいても、ちゃんと前を向こうと思います」



薬売りさんは何も言わずに、頭に置いたままの手でぐりぐりと髪を掻き回した。




「わ、ちょ…!薬売りさん!」

『ふっ…行きましょう』



柔らかく目を細めると、彼の綺麗な手が差し出される。

私はその手をそっと取ると、また山道を下り始めた。



『…あの豆っころたちのくれた薬草』

「豆っころって……」

『擦り傷や切り傷によく効く薬が作れるんですよ』

「へぇ…」


(…薬売りさん、そんな薬草を探してくれてたんだ…)




ぽこくんも、昨日の傷に罪悪感があるんだろう。




「…ふふっ」

『…何です、不気味な』

「いーえ、何でも!」


(ぽこくん、ちょこちゃん、もこちゃん…そしてとこちゃん。お父さんに負けない立派な狸になってね!)



私はあの小さなふわふわな温もりを思い出しながら、眩しい朝日の中を進んだ。


― ひとつめ・おわり ―


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