ふたりぼっち | ナノ




ひとつめ
   └二十四



「なんだなんだ、狸のちび兄弟じゃないか!」



お坊様はぽこくんたちを見ると、にかっと人のいい笑顔を見せた。

ぽこくんたちはポカンとしたままお坊様を見ている。




「……く、薬売りさん…」

『…………』



私達も戸惑いながら、ただ顔を見合わせていた。




「ん?何だ?どうし……おっと」



お坊様がお堂の中の雰囲気に首を傾げていると、小脇に抱えていた蓑ががさがさと揺れた。

私達が目を見張ってみていると、そこから一匹の狸がぴょこんっと顔を出す。




「…お前たち!」

「あ…お、おっかあ!!」

「えぇ!?」



お坊様に抱えられてた狸はぴょーんっと飛び降りると、小さな子狸たちに駆け寄った。




「おっかあ!」

「おっかあだ!!」



子狸の兄弟は口々にお母さんを呼んで体当たりするようにお母さんに擦り寄る。




「…お母さん、攫われたんじゃなかったんですね…良かったぁ」



ホッとして脱力する私の肩を、薬売りさんが抱いた。




「薬売りさん…」

『………』



薬売りさんはフッと笑うと、


『怪我の手当て、しますよ』


そう言って、また少し強く肩を抱き寄せる。


何となく薬売りさんの優しい顔を見たのは久々なような気がして。

私は照れ臭く思いながらも、笑顔で頷いた。




「お前たち、ここで何しているの?」

「だって、おっかあがここの和尚に攫われてるの見たから…!」

「そうだよ!あたしたち、おっかあを助けに来たの!」

「うん!お兄やお姉やとこと来たの!」

「おっかあ…ぐすん」


(あ…感動の再会中だった…)




うっかり甘い雰囲気になってしまいそうなのを、どうにか理性で持ち直して。

母狸が子供達を抱き締めながら、一生懸命お喋りを聞いてる様子をほんわかした気分で見た。




(ふふっ、ぽこくんたちったら甘えてる………ん?)


「あれ…?あの、お母さん、それは…?」



私はお母さんの足に布が巻かれているのに気付いて、そっと問い掛けてみた。

お母さんはちらりと自分の足元見ると、私にくりくりした目を向ける。




「これ…お坊様に手当てしていただいたんですよ」

「え、お坊様に…?」

「えぇ、お坊様は命の恩人です」



穏やかな声で、深く感謝するようにお母さんは和尚さんに頭を下げた。

お母さんの陰で、四匹の子狸は目を真ん丸くして口をあけている。


その様子があまりにそっくりで、私は思わず笑いそうになってしまった。




「先日…ぼんやりと亡くなった主人の事を考えていたら、うっかりと罠にかかってしまってね。どうにも外れなくて途方に暮れていたときに和尚様が通りかかって助けてくださったの」

「あ…あの雨の日?」

「そう。それで手当てながら里に行って、山の中の古い罠についてお話くださってね」




…お母さんのお話に寄ると。

和尚様は山の中の古い罠の放置のせいで、こうして今でも山の生き物達が怪我をしていること。


生きる物の命を頂いて生きる以上、必要以上の殺生は如何なものか。

そう里の人たちに懇々と諭したらしい。



「最初は憮然としていた里の人達も、最後はお坊様のお言葉に頷いて…山の古い罠を回収してくださるそうです」

「そうだったんですか…」



そっとお坊様を見やれば。

少し照れ臭そうに頬を掻いていた。



「それにしても…」



お母さんは一頻り話し終ると、少し厳しい声を出して子供達を見た。




「お前たちがまさかこんな所にいるなんて…」

「…だ、だって…」

「まさか悪戯したり、ひと様に怪我させたりしてないだろうね!?」



鋭い声に子狸たちの目が泳ぐ。

それに気付いたお母さんは嘆かわしげに溜息を吐いた。



「今回は急な事だったから、お前たちもびっくりしただろうけど…ぽこ」

「は、はい!!」

「あなたはもっと冷静にいろいろ考えて下の子を宥めなきゃダメじゃない」

「………」



お母さんに窘められたぽこくんは俯いてキュッと唇を噛んだ。

その様子を見て、とこちゃんたちも不安げな顔でぽこくんを見てる。




「あの、お母さん…」



私はいてもたってもいられずについつい声を掛けてしまった。




「ぽこくん、立派でしたよ?」

「え…?」



お母さんは私をまん丸な目で見つめる。

薬売りさんも眉を顰めて、私の顔とぽこくんたちにつけられた傷を見ていた。




「ぽこくん、ずっと立派なお兄ちゃんでした」

「お兄ちゃん…」

「お父さんの話も聞きました…きっとぽこくん、お父さんみたいに家族を守りたかったんです」

「………っ」

「ちょこちゃんやもこちゃん、とこちゃんも…お兄ちゃんの言うことをしっかり聞くいい子ですね!」




…この狸の家族が乗り越えてきた悲しみは、私達人間には到底知りえる事はできなくて。


でも、狸も人間も、尊敬する人に近付きたい。

自分の大事な人をこれ以上悲しませたくない。


それは一緒なのだ。




「…う…っ」



ぽこくんは俯けた顔をくちゃくちゃに歪めて。




「うわーーーん!!!」



ずっと我慢していた涙腺はとうとう崩壊したらしい。


小さな妹弟のために、今まで色んな涙を飲み込んできたんだろう。

まるで小さな小さな子供のように、お母さんの毛並みに顔を埋めて泣くぽこくんは、なんだかいじらしくて可愛かった。




「…ごめんね…ぽこ、お母さん、何も知らなくてたくさん我慢させちゃったね」

「うあーん!おっかあ!おっがあー!ふええん!」

「主人がいなくなって、自分でも知らないうちにこの子に父親代わりを求めてしまっていたのかも知れません…ぽこだってまだ子供なのに…」



お母さんは小さなぽこくんをぎゅうっと抱き締める。



「お兄、かっこよかったんだよ!」

「うん!上手に化けてたんだ!」

「すごかったよー!」



ちょこちゃんたちは、必死にお母さんに訴える。

ぽこくんは気恥ずかしかったのか、お母さんに胸に顔を押し付けて隠れてしまった。




「ふふっそうだったの」



おお母さんは子供達の声に、嬉しそうに目を細めて。

その目尻には光るものが滲んでいた。



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