ひとつめ
└二十三
「…それからしばらくして、とこが生まれて…」
ぽこくんは静かに話をする。
時折、涙をグッと堪えながら。
そして小さな手をぎゅうっと握り締めながら。
「俺はおっとうに教えてもらった術を、ちょこ達に一生懸命教えた。おっとうが俺に遺してくれた大事な技術だから」
「ぽこくん……」
ぽこくんは言葉を切ると、ふと自分の妹弟を見回した。
大蛇に化けてすっかり疲れてしまったのか、小さな寝息を立ている。
「俺…おっかあに内緒で…おっとうの所に行ったことがあるんだ」
「え…!?」
「おっとうが罠にかかったあの場所に、行ったことある」
ここで再び言葉を切ると、ぽこくんの肩がわなわなと震えているのがわかった。
口をへの字の曲げて、グッと堪えたような表情。
堪えているものが涙なのか怒りなのか…
「……おっとうはそこにいたんだ」
「そこに、いた…?」
唸るような声に、ぞくっと寒気が走る。
「人間は…腹が減っておっとうを罠にかけたんじゃない…!あいつら、罠を仕掛けるだけ仕掛けて、獲物には見向きもしなかったんだ!」
「…!!」
「だったら何で!何でおっとうは死ななきゃならなかったんだ!ずっとあの場所で鉄の歯が食い込んだまま…体の肉が朽ちるまでそこに放って置かれたんだぞ!?」
堰を切ったようにぽこくんの目から涙が溢れた。
その怒りはあまりに悲しくて、私達は何も言うことが出来ない。
というより、何を言っても偽善にしか聞こえない気がして。
ずきずきと痛む胸を堪えて、ただ震えるぽこくんを見つめていた。
「そしたら今度はおっかあだ」
「!」
「俺たち、見たんだ!ここの和尚が罠にかかったおっかあを連れ去るの!」
(……あ!あの麻袋…!)
山で行き会ったときに、和尚さんが蓑の下に持っていた麻袋…
中で何か動いている様子だった。
(あれが…とこちゃんやぽこくんのお母さんだった…?)
どくんっと心臓が跳ねた気がした。
「人間は俺たちを助けてくれないくせに…自分達が苦しかったら平気で俺たちを襲うんだ!」
「!!」
ぽこくんはギリッと歯を鳴らすと、涙に濡れた目で私達を睨んだ。
『…ちっ』
薬売りさんは小さく舌打ちすると、パッと庇うように私の前に腕を出した。
それと同時にぽこくんが私に飛び掛ろうと前足を上げる。
「だめ!お兄だめ!!」
とこちゃんの声に、ぽこくんがハッとして動きを止めた。
「と、とこ…」
私達が視線を向けると、とこちゃんは涙をいっぱい溜めた目で、ぽこくんの体にしがみつく。
「だめ、お兄!お姉ちゃんは悪くないよ!」
「でも…!」
「お姉ちゃん、すごく優しかったもん!おっかあみたいにあったかくて、お風呂も入れてくれたの!夜も一緒に寝てくれたの!」
とこちゃんは小さな手でしっかりとぽこくんの背中を捕まえていた。
「おっかあと…おんなじお花をキレイって言ってたの…お姉ちゃんは優しいの…!」
「とこちゃん…」
お堂の中が静まり返る。
いつの間にか目を覚ましていた、ちょこちゃんともこちゃんも身を寄せ合ってべそをかいていた。
「…おや、賑やかだなぁ」
不意に飛び込んできた声に、私達は一斉に振り返る。
「あ…!お坊様……!」
そこには黒い今朝と笠を被り、蓑を抱えた和尚様が立っていた。
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