ふたりぼっち | ナノ




ひとつめ
   └二十二



ぽこくんは正面に座った私の顔をジッと見た。


その瞳は憎々しげで、それでいて悲しそうで…

胸の奥がちくんと痛む。




「…俺たちのおっとうは…すごく格好いい狸だった」



ぽこくんは自分の兄弟を見回すと、ポツリと話しだす。




「逞しくて優しくて…化けるのが上手で、俺たちにいっぱい色んなことを教えてくれたんだ…」




―――……

俺が生まれた頃は、この辺は狸がいっぱいいた。


年老いた狸や、幼馴染の狸…

みんなで仲良くこの山で生きてた。


少し降りた里に住んでた人間たちとも、たまに顔を合わせるくらいで。

馴れ合いすぎず、憎みあうことも無く、いい関係だっておっとうも言ってた。


…でも、もこが生まれた頃。

その年は天候が悪くて、山の植物も里の人間の作物も、よく育たなかった。


山の木の実だけじゃどうにもならなくて…

年老いた狸は餓えに倒れ、子狸たちはお腹をすかせて泣いてばかりいた。



だから、大人たちは決めたんだ。

里に下りて、少しの農作物を分けてもらおうって。


若い狸たちは人間に化けて里に下りていった。


…でも、戻ってきた狸はおっとうを含め、僅かだった。




「人間に頼んでみたんだが…ダメだった」



大人の狸たちが話し合ってるとき、何匹かの狸が泣いてたよ。

こっそり見ていた俺や幼馴染の狸は、戻ってきた仲間が僅かだった理由を何となく知った。


それから大人たちは話し合って、今いる山より遠くの方に、交代で餌を探しに行こうって決めたらしい。

自分達でどうにかしようって、そう決めたんだって。




「おっとうは本当に立派ね、おっとうだけじゃない、みんな狸の誇りを捨ててないわ」



おっかあが、俺たちを寝かしつけながら言ってた。


俺も誇らしかったよ。

俺たちのおっとうはすごい格好いい狸なんだって、嬉しかった。



それからしばらくして山でよく人間を見かけるようになった。

茂みの陰から人間達もやつれていて、里の人間も大変なんだなって子供ながらに思った。


俺たちも毎日少しの食べ物を探すのに必死だったから…



でも、その頃からだ。


仲間が次々に消えていった。




「おい!まただ!また人間の罠にやられたぞ!」



若い狸や、俺と歳の変わらない狸。

どんどん狸は減っていった。




(あいつ等、罠をかけるために山に来てたんだ…!!)



人間は農作物を諦めて、俺たちに狙いをつけたらしい。

俺たちが助けを求めても返り討ちにしたくせに…!




「お前たち!俺の居ないときに外に出たらダメだ!ぽこ、お前も妹や弟が勝手に外に出ないように気をつけてやってくれ」

「わかった…!」



おっとうやおっかあの言いつけを守らないと、あの鉄の歯に食われる。

そして人間に食われるんだ。


俺はお兄ちゃんだから、おっとうがいない時は俺が変わりにみんなを守るんだ。


そう心に決めて、用心に用心を重ねて生活した。


ちょこやもこは愚図ったりしたけど…でもよく言うことを聞いてくれてたと思う。

だって、俺の幼馴染達はどんどん人間に連れ去られてたから…



そうやってビクビクしながら生きていたある日。

おっとうやおっかあと一緒に罠の少ない場所を探して移動しているときだった。




「ちょこ!もこ!うろちょろしちゃダメだぞ!鉄の歯に食われちゃうぞ!」



久々の外出に二匹は大はしゃぎしてて。

まぁ俺だって少し浮かれていたけど。




「あ!もこ!!」



まだ小さかったもこは、蝶々を追いかけて茂みの方にはぐれてしまった。

俺は慌ててもこの後を追って、茂みに飛び込んだんだ。




「…ぽこ!!!」


どんっ!


「わ…!」




突き飛ばされた瞬間、おっとうの声が聞こえた。

それと一緒に、がちゃん!と鋭い音が響く。




「……おっとう!!」

「う、うう…!」




慌てて駆け寄ってみると、おっとうの体には罠の歯が食い込んでた。

豊かな毛並みに、どんどん血が滲んで、俺は震えが止まらなかった。


ちょこともこも未を寄せ合って震えてるのが視界の隅で見えた。




「あなた!今外して…」

「おっとう!!」



おっかあと俺は慌てて駆け寄った。




「だめだ!!近付くな!!!」



でもすぐにおっとうに止められる。




「お前は早く子供達を安全な場所に!」

「で、でも…!」

「いいから!そしてもう二度とこの辺りに子供を近づけるな!」



おっとうを見つめるおっかあの肩が震えてた。




「…ぽこ」

「お、おっとう…」

「お前はお兄ちゃんだからな、おっかあとしたの兄弟たちを頼んだぞ」

「…ひぐっ、そ、そんな…ひっく、俺やだよ…!おっと…おっとうがいなきゃ…ぐずっ」

「ぽこ!泣くんじゃない!」

「…………」




きっとすごく痛いはずなんだ。

血だっていっぱい出てて。


息だって上がってた。


でも、でもさ。

おっとう、笑ってるんだよ。




「…ぽこ、お前なら大丈夫。さぁ行くんだ」



笑って言うんだよ。

"嫌だ"なんて、もう言えないじゃないか…




「…ぽこ!行くわよ!」

「おっかあ…」

「早く!お父さんの言うことを聞きなさい!!」



おっかあの声が悲鳴みたいな泣き声になってて。




「………っ!」



俺は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、必死に歯を食いしばった。




「そうだ…ぽこ、それでいいんだ…」

「お、おっどう…ぐずっ」

「ぽこ、お前にだけいいことを教えてやるよ」

「え……」

「今な、おっかあのお腹の中には……」



おっとうはまるで悪戯っ子の内緒話みたいに俺に言って、また笑った。



「頼んだぞ、おっかあのことも、一匹増える兄弟のことも…」

「…うん!」

「ぽこ!!」



俺はおっかあに呼ばれて、おっとうに背中を向けた。

何度ももう一度おっとうを振り返ろうと思ったけど、もう振り返らなかった。


ううん、振り返れなかった。

もう泣いてる顔を見せたらいけないって思ったから。


おっかあとちょこともこだけを、前だけを見て走り出したんだ。



22/28

[*前] [次#]

[目次]
[しおりを挟む]




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -