ふたりぼっち | ナノ




ひとつめ
   └二十一



ドタドタっと周囲が騒がしくなる。

私は瞑っていた目をそっと開けてみた。




「わ……けほっ!」



辺りはもくもくと煙が蔓延していて。

その奥で小さな影がいくつか見える。


段々と薄れる煙幕の中にいたのは。




「…と、とこちゃん!?」

「きゅううう……」



ぽこくんやちょこちゃん達に折り重なるように、白目をむいた人間の姿のとこちゃん。

さっきまで私に襲い掛かって来ていた大蛇はすっかりと姿を消していた。




(…そ、それにしても…)



とこちゃんはどこにいたんだろう…?

いや、むしろどこから飛んで…




「…薬売りさん!」



私が振り返ると、庭先に薬売りさんの姿が見えた。





「…………」



しかし、ちょっとだけ違和感を感じる。


走ってきたのか、彼は肩で息をしていて。

くっきりと刻まれた眉間に皺に汗が走っている。


…でも、なんだか遠いような?


私が首を傾げると同時に、薬売りさんはゆっくりと歩いて近付いてきた。

肩を回して、ごきごきと関節の音を響かせながら。




(……な、投げたんだ…!あの距離からとこちゃんをぶん投げたんだ…)



どすんっと音を立てて薬売りさんが縁側に上る。

その音に驚いたのか、狸の兄弟たちは飛び起きた。




『…このクソガキ共が…』

「!?」



まるで地を這うような声で薬売りさんが呟く。

じわりじわりと広がっていくような怒りが、余計に恐ろしい。


薬売りさんは一歩一歩とこちゃん達に近付く度に、確実に怒りを増している。




「あ、あの薬売りさん…!」

『…なんです』

「きっと理由が…!話、聞きましょう?ね?」



私は慌てて彼に走り寄ると、青い着物の袖を摘んだ。

何か言いたげに私を見た薬売りさんの視線は、ややあってすぐに少し下がる。




「あ……」



そして私の腕を凝視すると、ぐいっと引いた。



「痛…!」

『…………』



見開かれた目はしっかりと私の腕の傷を見ていて。

そして同時にグッと眉間の皺が深くなる。




「こ、これは…ちょっと掠っただけですから!」

『…………』



私は薬売りさんのこめかみに浮き上がってくる青筋に必死に言い訳した。

でも、彼は無言のまま私を宥めるように両肩を押して座らせる。


そしてゆっくりと首だけでとこちゃん達を振り返り。




『……誰だ?結に傷を付けたのは』

「ひぃ!!」

『さぁ遠慮なく手を上げろ、そいつから喰ってやる』

「…………っ!!!!」




振り返ってる薬売りさんの表情は私からは見えない。

でも、私の両肩に乗せられた手には血管が浮き出ていて。



「お、鬼…!本物の鬼だ…!」

「きゅう…」



とこちゃんやちょこちゃん、もこちゃんは泡を吹いてパタリと倒れたのが見えた。




(う、うわぁ……)


「く、薬売りさん!」



私は見兼ねて、肩に置かれた薬売りさんの手に触れた。

薬売りさんは振り返らないままピクッと反応を見せる。




「…本当に掠っただけで、深い傷じゃないんです。そりゃ、血も出てるし痛いけど…」

『……………』

「大丈夫ですから…それより、またこんな事になって、ごめんなさい…」




きゅっと薬売りさんの手を握ると、彼はハァッと肩で息を零した。

そしてゆっくりと振り返ると、さっきまでの殺気立った表情は少しだけ緩んだように見える。


ホッとしていると、薬売りさんは私の傷をジッと見て、ひどく痛そうに口元を歪めた。




『…痺れたりは?』

「いえ、それはないです」

『眩暈とかもしてないですね?』

「え?あ、はい…うわっ」



薬売りさんはぺたぺたと私の頬や、あかんべをさせたりして確認している。

何事かとなすがままになっていると、彼はまたほうっと安堵の息を吐いた。




『……さすがに毒までは持てないか』




じろりと振り返った薬売りさんに、ぽこくんが身を固くする。

そして、もうすっかり狸の姿に戻って気絶しているとこちゃんを見ると、彼も負けじとこちらを睨み返してきた。




「ぽこくん」

「…!」



私の声にハッとした様子を見せると、ぽこくんは私の傷を見てバツが悪そうにした。





『…結?』



ゆっくりと立ち上がって、私は子狸の兄弟の近くまで歩み寄った。

薬売りさんは一瞬止めようと思ったのか私の名前を呼んだけれど。


このままじゃ埒が明かないと判断したのか、そのまま私の行動を見守っていた。





「ね、ぽこくんたちのお話、聞かせて?」



私はなるべく神妙にならないように穏やかな声で、彼に問い掛けた。



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