ふたりぼっち | ナノ




ひとつめ
   └十八



―…昨日とは打って変わって澄み渡る青空。

野鳥が清々しい声を上げながら木々を渡っていく。




『…………』




薬売りは目的の薬草でいっぱいになった籠を見て、満足そうに頷いた。

そろそろ帰ろうかと、下げていた視線を上げると。



『あ………』



ふと視界の隅に小さな花を見つけた。




(これは…結が飾ってた…)




この地域に良く咲いている花なのだろうか。

可憐な花弁が風に揺れて、結が気に入るのもわかる気がする。




『…………』



…が、同時に昨晩から今朝にかけてのことも思い出されるわけで。

薬売りが思い出したのは、結と満足いくまで眠れなかった夜のことか、それとも化けて悪戯しに来た子狸のことの方か…


不機嫌そうに口元を歪めると、寺に帰るため来た道を戻ろうとした。


その時。


感じ取った気配に、ハッと身を構えた。




―カサッ


(……ん?)



少し後ろの茂みが揺れて、見覚えのある姿を確認する。




『…お前』

「ひっ!」



薬売りに声を掛けられて飛び上がったのはとこだった。

冷ややかな視線にぶるぶると震え始め、すでに涙目になっている。




『何の用だ』

「………っ」



睨みつけながら近寄ってくる薬売りに、とこは再び茂みの中に隠れようとした。

しかし、すぐに薬売りに首根っこを掴まれる。




「ひぃぃぃっ!!」

『漏らすなよ』



まるで猫の様に襟首を摘まれ高々と持ち上げられ、とこの顔からサァッと色が消えた。

薬売りは間近でとこを見ながらフンッと鼻を鳴らした。




『…なぜわざわざ人間に化けてる?俺を騙せるとでも思ったか』

「…あ、あの、僕…」

『言いたいことがあるなら、さっさと言え』

「……ふぇ…っ」



とこは震えながら涙で顔を歪める。

薬売りはうんざりと言った表情でハァッと溜息をひとつ。



『言わないのなら…』

「……?」


そしてニヤリと唇の端を上げた。



『狸鍋にして喰らうぞ』

「!?」



ちらりと覗く尖った歯に、とこは完全に白目をむいている。

そして今にも失神しそうなのをどうにか耐えて、震える声で訴えた。




「お、お、お、お、おおおおおお姉ちゃんが…っ」

『おね……結のことか?』

「ひ……っ」



結の名を口にした薬売りのこめかみがぴくりと痙攣した。

くっきりと青筋がたったのを見ると、とこは更に口から泡を吹きそうになる。


しかし薬売りにがくがくと揺らされ、それも許されない。




『寝るな。結がどうした?』

「お、お姉ちゃんがっががっ」

『さっさと言え』



上下左右に揺さぶられながら、どうにか言葉を続ける。



「お姉ちゃん、危ない…っ」

『危ない…?』

「けほっううぇっ」




やっと揺さぶる手を止めた薬売りの眉間にはしっかりと皺が刻まれ。

再び小さく悲鳴を零しながらも、とこは涙目で薬売りを見据えた。


そしてごくりと生唾を飲むと、もう一度繰り返す。




「ぽこお兄たちが…お姉ちゃんを攫いにお寺に行った…!」

『何だと!?』



ここまで来て、とうとうとこのまん丸な目から涙がボロボロと溢れた。




「おねが…お願いします、お姉ちゃんを助けてあげて…っ」



薬売りは一瞬目を見開くと、すぐに走り出す。




「ひあっ」

『お前も来い』



とこの襟首を掴んだまま薬売りは物凄い速さで獣道を駆けた。



『途中で漏らしてみろ、この勢いのまま木に叩き付けるからな』

「あばばばばば」



(…結…っ)



ひどく辛そうに鼻に皺を寄せる薬売りと、引き摺られるとこは草を掻き分けながら寺に向かったのだった。

終幕に続く

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