ひとつめ
└十五
― 四ノ幕 ―
ひやりとした感触が頬を掠める。
痛みは走らないものの、迂闊に動けない。
「早くしろ!」
「あ…っ」
軽く肩を小突かれて、私は足元もちゃんと確認できないまま、縁側から降りる。
「お兄!あたし達、アレ取ってくるよ!」
「おう、頼んだぞ」
(お、おにい…?)
"お兄"と呼ばれた少年が頷くと、他の二人がたたっと走り出した。
私はおずおずと振り返って、少年に問う。
「あ、あの、みなさん兄弟なんですか?」
「あ?あぁ。末に弟もいる」
「弟?四人兄弟ってこと…?」
少年は私の言葉にハッとすると、また私を睨みつけた。
(…あ、あれ??)
何だろう…?
何かが引っ掛かる…この違和感は…?
「おい!」
「きゃっ!」
「ボーっとすんな!早く行け!」
再び少年に小突かれて、よろけながら庭先に出た。
今朝見たときよりも、庭先が広く感じる。
自分の状況に改めて恐怖が湧いてきた。
(…薬売りさん…!)
いま、こんなことになってる私を見たら、薬売りさんは何て言うだろう。
"最近の結は怠慢が過ぎるんじゃないですか?"
(…隣にちゃんと立っていられるようになりたいって…思ってたのに)
昨晩から感情がぐるぐると目まぐるしく変わって、自分でも着いていけない。
ちょっと油断すると、こうしてずーんと落ち込んでしまって…
(…だめだめ!いまは落ち込んでる場合じゃない!)
自分に渇を入れながら、ふるふると頭を振った。
どうにか逃げ出す算段をつけなきゃ…
「さぁ、アレに乗れ!」
「お、押さないで………って、え???」
どんっと背中を押されて二、三歩よろけた。
体の均衡をどうにか保った私は、つい首を傾げてしまう。
そして視界の隅にある刀の切っ先に触れないようにゆっくり振り返った。
「あ、あのー…」
「なんだ?」
「これ、乗るんですか…?」
そろりと指差した先。
手作りだろうか?
櫓に長い棒をつけた、輿のようなものがあった。
(しかもふかふかの座布団が…)
その脇に真面目な顔をして彼の妹弟が控えているのだから、なんだかみょうちくりんに見える。
「そうだ!ありがたく思え!」
「は、はぁ…」
自信満々に"お兄"は胸を張った。
「でも…これに乗ってどこに?」
私の問い掛けに、少年達はニヤリと笑う。
そして改めてちゃきっと刀を構えると、口の端を上げたまま続けた。
「お前は人質だ。俺たちの隠れ家に来てもらう」
「え…!?あっ!」
"お兄"は強引に私を輿に押し込める。
(…でもふかふかだから痛くない!)
「う、わぁ!」
尻餅を着いたと同時に、ぐらりと輿が揺れた。
"お兄"が前方の棒を持ち上げると、後方は残りの二人が一本ずつ担ぐ。
「よし、行くぞ!!」
「「はいっ」」
「え、ちょ、待って…」
「「「そぉれっ!」」」
掛け声と共にゆらゆら心許ない揺れを伴って、輿が進み始めた。
「行くぞ!ちょこ!もこ!」
「「はいっ」」
「えっさ!」
「ほいさ!」
(え、ちょこに…もこ!?)
「あ、あの…うわっ!?」
聞き覚えのある響きに、思わず身を乗り出してしまう。
しかし、ただでさえ覚束ない輿はぐらぐらと揺れた。
「わ!お前、動くなよ!」
「ご、ごめんなさい」
(何で謝ってるんだろう、私…)
私はふかふかの座布団に居住まいを正して、改めて"お兄"の姿を観察した。
まだ私とそんなに変わらない大きさの背中。
でも"お兄"と呼ばれているからには、後ろの"ちょこ"ちゃんと"もこ"ちゃんに頼られているんだろう。
「…ん!?」
そこで私はふと彼の腰脇を見た。
さっきまで私を脅していた刀が見当たらない…。
でも、その代わりに木の枝が帯に刺さっている。
(……う、うわぁ……)
何となく、合点がいった。
さっきから怖いようで怖くないような…そんな不思議な感覚だった理由が。
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