むっつめ
└三
ざあっと音を立てて竹が靡く。
時折、何かが竹の間を落ちるような音も混じっており、カラカラと心地いい音なのに、不安を煽るような不思議な感覚。
チチチッと声を上げて、私たちのすぐ横を雀が滑るように飛んでいく。
御茶屋の軒から見た景色とは全くの別世界だ。
「…すごい」
薬売りさんの読み通りだろうか。
あの竹藪はどこかに通じているようで、先の方が明るく開けている。
それに足元も、人一人通れるくらいには踏みしめられた道ができていた。
竹藪の音はちょっと怖いながらも、暑い日差しを遮っているこの道は汗が引っ込むにはちょうど良い。
私の先を行く薬売りさんに手を引かれながら、こっそりと安堵の息を吐いた。
『…ああ、見えてきましたね』
「え…あ、家が…」
薬売りさんの声につられて前を覗き込むと。
決して大きくはないけれど、よく手入れされた庭先が見えた。
まるで隠れ家のように、ひっそりと家が建っている。
「さっきの人はここに…?」
掌に包んだままの銀の小鳥をチラッと見やる。
そんな私を見て、薬売りさんは何か物言いたげに小首を傾げた。
「???」
『…まあ、いいか』
「え?」
『さ、行きましょう』
さっきよりもやや強く握られた手をクイッと引かれる。
薬売りさんの様子に違和感を感じながらも、私はその力に従った。
(とりあえず、落し物は届けられるんだし…薬売りさんもいるし)
誰に向けるでもない理由をいくつか思い浮かべながら歩を進めた。
「…!」
庭先に入ると、小さな縁側に人の姿が見える。
でも、さっきの男性ではなくて…
(女の人…?)
男性の家族だろうか。
その人のスッと差し出した指先に、1羽の雀が戯れている。
木漏れ日を浴びた髪がきらきらとしていて、なんだか幻を見ているようだ。
『こんにちは』
「こ、こんにちは!」
思わず見入ってしまって、少し声が上擦った。
それに気づいた薬売りさんがフッと小さく笑う。
私達の声に振り向いた彼女は、すぐににこりと微笑んだ。
それと同時に指先から雀が飛び立つ。
彼女は小さく「ありがとう」と呟いた。
(わあ…)
まるでお伽噺だ。
彼女の醸し出す雰囲気も、竹藪を抜けた先にあるこの庭も。
もしかしたら本当にあの竹藪を通って別世界に来てしまったのだろうか。
『…結だって馬鹿烏と会話してたでしょう』
ポカンとしている私を見て、薬売りさんはその理由に気付いたようだ。
「あー…てか、馬鹿烏って…」
「何か御用かしら?」
「!!」
「うふふ、楽しそうなところお邪魔してごめんなさいね」
「い、いえ!」
縁側の彼女が、くすくす笑いながら話しかけてきた。
庭先に入ってきたくせに、そこでゴチャゴチャ話している姿は滑稽だったろう。
ちょっと気恥ずかしくて忘れてた暑さがぶり返す。
いつもの通り、薬売りさんの素知らぬ態度がちょっと癪に障りつつ…
「あの、これ拾ったんですけど…」
私は手の中の小鳥の置物を差し出しながら縁側の彼女に近づいた。
彼女は手の上の物がわかると、目をまん丸くして驚く。
「まあ…!一体どこで!?」
「そこの通りです。落とした男性がこちらの方に歩いて行ったので、追い掛けてきたんですけど…」
「もー!利一郎(りいちろう)ったら!」
「へ?」
「利一郎!利一郎ー!!」
「!?!?」
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