むっつめ
└四
さっきまでの幻想的な雰囲気はどこへやら…
彼女はころころと表情を変えながら慌ただしく喋る。
そして家の中に向かって大きな声で呼びかけていた。
少々呆気にとられていると、彼女はくるりと振り返って、私に向き直る。
「拾ってくださって、どうもありがとう!とっても大切なものなの」
手にした置物をギュウッと握りしめ、目元を緩めた。
少し勝気な瞳が嬉しそうに細められ、置物にそっと頬擦りする。
その様子が可愛らしくて、私も嬉しい気分になる。
(よかった、落し物に気付いて)
ホッとして、薬売りさんに声をかけようとした時。
「なんですか、大きな声で…」
「あ…」
家の奥から男の人の声がする。
歩きながら話しているのか、だんだんその声が近づいて来た。
「縁側でそんな大きな声を出さないで…あれ?」
私達の存在に気付いた男の人は、訝しげにしながらも小さく頭を下げた。
(さっきの男の人だ)
「なんですかじゃ無いわよ!ほらこれ!」
男の人に向かって彼女がずいっと置物を差し出した。
「え…あれ?」
置物を見た男の人は、慌てたように着物の懐あたりをパタパタと確認している。
どうやら落としたことにすら気付いてなかったらしい。
「もう!利一郎ったら!この人達は拾って届けてくれたのよ?」
「そうでしたか…それはありがとうございました」
彼…利一郎さんは縁側に正座し直すと今度は深々と頭を下げた。
「い、いえそんな…でも大切な物だったみたいで、お届けできてよかったです」
「……そ、そんな」
私の言葉に利一郎さんはカーッと顔を赤くした。
思わぬ反応に、首を傾げつつ彼女の方を見る。
「…?」
しかし彼女はあらぬ方向を見ていた。
その視線の先には薬売りさんがいて…
さっきから会話すらまともにしていないのに、薬売りさんをやけに穏やかな顔つきで見ている。
チラリと薬売りさんを見ても、いつもの無表情のせいで何が何だかわからない。
(知り合い…?いやでもそんな事、一言も言ってなかったな)
ますます訳がわからなくなっていると、「そうだ!」と声が割って入る。
「お礼も兼ねて、お茶でもいかがですか?ね、利一郎」
「え…しかし凛子(りんこ)お嬢様…」
「いいじゃない、ね、そうしましょう?」
凛子さんは無邪気に笑いながら私に問いかける。
なんて答えようか迷って薬売りさんを見れば、彼はすでにニコリと笑顔を返していた。
『…ではお言葉に甘えて』
「よかった!さ、どうぞどうぞ上がって!」
『お邪魔します』
(え?え?)
薬売りさんはするりと私の横を抜けると、縁側で高下駄を脱ごうとしている。
そしてポカンとしている私のおでこを、つんと突いた。
『何をぼうっとしているんです、結』
「あ…はい!お、お邪魔します!」
訳がわからないまま、慌てて草履を脱ぐ。
そんな私を見て、凛子さんはまたクスクスと楽しそうに笑った。
そして「私も」と言うと、スッと手を利一郎さんの方に伸ばした。
利一郎さんはその手を取ると、優しく凛子さんを抱き上げる。
(う、うわー!)
凛子さんの細い腕が利一郎さんの体にギュウッとしがみつく。
それを受けて、利一郎さんも再び彼女を抱き上げる腕に力を込めた。
さも当たり前のような動作。
でもそれがとても甘くて優しくて、私は思わずドキドキしてしまった。
きっと顔も赤くなっていたんだろう。
隣でククッと薬売りさんの噛み殺した笑いが聞こえる。
「どうぞこちらへ」
冷静な利一郎さんの声に促されて、私達は縁側からすぐの部屋の通された。
二ノ幕に続く
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