むっつめ
└二
改めて見てみると、通りを行く人はなかなか多い。
お茶屋の賑わいを不思議そうに覗く人もちらほら…
こうして町を見ていると、その地域ごとに住んでる人が様々なのがよくわかる。
のんびりしたところ、忙しなくでも活気あるところ。
お茶屋の軒先でお茶を啜りながら、ぼんやりと人の流れを見る。
平凡なようでなかなか贅沢な楽しみだな、なんて思うようになった。
「…ん?」
お茶のおかわりでも貰おうかなーと暢気に考えていた時。
カシーンっという甲高い金属音が聞こえた気がした。
小さな小さな音だったので、聞き間違いかも知れない。
でも何となくこの風景の生活音にはそぐわない感じがして、妙に気になった。
ちらっと薬売りさんの方を見る。
相変わらず接客中の薬売りさん。
彼は特に気にしていないようだ。
(やっぱり気のせいかな?)
首を傾げながら再び通りに視線を戻した。
すると、道の端でキラリと何かが光って見える。
(あ…!あれだ!)
私は手にしていた湯呑を置くと、パッと走り出した。
近づいてみるとそれは見事な銀細工で出来た可愛らしい小鳥の置物。
誰かの落とし物だろう。
反射的に顔を上げ道行く人を見る。
少し先に、男の人の背中を捉えた。
(あの人だ…!)
よく考えれば、男性の持ち物とは思えない。
ましてやそれなりに人通りは多いのに。
でも私には、その人の物であるとしか思えなかった。
(届けなきゃ…)
小鳥の置物を手に立ち上がろうとした時。
視線で追っていた男性は、竹藪の辺りで進路を変えるとその中へと姿を消していく。
このままじゃ見失ってしまう。
慌てて立ち上がって走り出しそうになった。
のだが。
『結!』
「っ!!」
グッと肩を掴まれて、体がぐらつく。
振り返れば間近に薬売りさんの顔があった。
「あ…」
『何を…どこに行こうと…』
珍しく慌てた表情を見せた薬売りさんの息が少し弾んでいる。
きっと彼からしたら、急に私が席を立ったと思ったら、そのままふらりと立ち去りそうに見えたろう。
薬売りさんじゃなくても、そりゃ慌てる。
「あの、ごめんなさい…これを拾って…」
私は手にしていた小鳥の置物を薬売りさんに見せた。
薬売りさんは少し眉を顰めて、首を傾げる。
『…ただの落とし物では?』
「いえ、さっき通った人が…」
『そんな薄汚いものを?』
「え……」
訝しげな彼の表情に今度は私が眉を顰める。
薬売りさんに促されるように、掌の中の物に視線を落とした。
「あれ…?」
さっき拾った時には、とても綺麗に輝いて見えてた。
でも、今見てみれば、薬売りさんの言う通りところどころ黒ずんでいる。
まるで本物のように羽根や毛の流れを刻んだ筋は、黒い汚れが入り込んでいた。
(こんなに汚れてた?もっとキラキラして綺麗だったよね…?)
『落とし主は誰だかわかるんですか?』
言葉を失ったまま置物を見つめる私に薬売りさんは再び声を掛けた。
「え、は、はい、男性で…さっき、そこの竹藪の方に曲がっていったので急いで追いかけようと思って…」
『…そうですか』
私が指差す方を眺めながら、薬売りさんは『ふむ』と小さく声を漏らす。
そしてこちらに視線を戻すと、私の手の中の置物を見た。
『行ってみましょうか』
「えっ!」
『気になるんでしょう、それ』
心の中を見透かされたようで、ギクッとした。
(だ、だってこのまま持ち帰る訳にも、ここにまた捨て置くわけにもいかないし…)
何となく気まずくなって心の中で言い訳を繰り返す。
しかしそれすらお見通しのようで、薬売りさんは呆れたように小さく笑うのだった。
『引き揚げてくるから少し待ってなさい』
そう言うと彼はお茶屋のほうへ戻って行った。
何となくその背中を目で追っていると。
「う…」
お茶屋のほうからチラチラと、私を窺うような視線を投げている女性たち。
商売を投げ出して走って行くなんて…何なのかしら、あの人…
語らずともそう言われてる気がして、たらりと汗が流れた。
(なーんて…被害妄想だよね〜)
気を取り直して、薬売りさんの営業用のそれよろしく、ニコリとして頭を下げてみる。
…が、これと言って何の反応もなく女性たちの視線が外れただけだった。
「…無駄に傷つく…」
がっくりしていると、彼女たちと少しのやり取りをして薬売りさんが戻ってきた。
振り返りながらペコリと頭を下げると、女性たちは手を振るのだ。
「え、えー…」
『何です?』
「いえ、何でも…」
『?』
きょとんと首を傾げると、薬売りさんはパッと私の手を取った。
『さあ行きましょう』
「…なんか乗り気ですね」
『いつも通りですよ…まあ、ちょっと面白い話を耳にはしましたが』
「え?」
私の手を引きながら、薬売りさんは美しい笑顔を浮かべる。
風が通り抜けて、竹藪が不穏にざわついた気がした。
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