ふたりぼっち | ナノ




むっつめ
   └一



― 一ノ幕 ―

チリーーン…





晴れ渡る空に風鈴の音が響く。

暑い日差しと吹き抜ける風の温度差がありがたく、でも余計暑さを際立たせ…






「あっつー…」

『……』

「す、すみません…」




先ほどから口癖のように零れる言葉に薬売りさんがひと睨み。

ハッとして口を噤むと同時にスっと背筋に汗が走った。








海辺の町から離れ、私達は山間の小さな町に来ていた。


町は賑わいを見せるものの、少し見渡せば濃い緑。

山に囲まれた地は暑くなるとは聞いてはいたけれど、想像以上だ。


茹だるような暑さとはまさにこの事。

まるで自分の意思とは関係なく



「あつ…」



零れてしまうのだ。


そしてそのたびに薬売りさんが呆れたように私を振り返る。




『さっきから何です?暑い暑いと喧しい』

「う…すみません、でも…」

『夏なんだから暑いに決まっているでしょう』

「そりゃそうですけど!薬売りさんは暑くな……」




小馬鹿にするような薬売りさんの物言いに、ついつい反論したのだが。


私より暑苦しい出で立ちをした薬売りさんは、汗ひとつかいておらず。

この日差しの中、その白い肌は赤味すら帯びてない。




『………』

「………」

『私だってそれなりに暑いですが、なにか?』

「いえ、何でもありません…」




聞く前にバッサリと答えられてしまった…


薬売りさんはふいっと顔を背けると、すたすたと町並みを行く。



(あ、置いてかれる…!)



一歩遅れて歩き出すと、薬売りさんはあらぬ方向に視線を向けているようだった。




「…?」




視線の先にはいくつかのお店が軒を連ねていて。

その裏には竹藪だろうか、綺麗な緑が広がっていた。


時折吹く風に揺れるそれは、さらさらと音を立てて耳に心地いい。




(竹の向こうに何かあるのかな?)




竹が風に靡くたびに、その向こうは少し明るくなっているように見えた。

つまり、鬱蒼とした竹藪…というより竹の作る道になっているのではないだろうか。




(…薬売りさん、何見てたんだろう?)




そう思って、ふと彼の方を見る。

しかし薬売りさんはすでに視線を私に移していた。


予想外に視線が合って、一瞬心臓が跳ねる。




『結』

「あ、はい!」

『そこ、入って一休みしましょう』




薬売りさんはいつもと変わらぬ様子で一軒のお茶屋を指差した。

軒先まで竹の影が伸びていて、見るからに涼しそう。




『甘いものでも食べたら元気になるでしょう』

「やった…!」

『ふ…現金ですね』



(なーんだ、お店探してたのか)




まだ少し跳ね続ける胸を、そっと撫でおろして私は薬売りさんに続いてお店に入った。






「はぁ…おいしい!」



お茶を啜りながら感嘆の声を漏らす私を見て、薬売りさんが小さく笑う。



『大袈裟な…さっきまで暑い暑いと騒がしかったのに』

「う…そ、そうなんですけど」



私は熱い湯のみを手元でいじりながら肩を竦めた。


この季節、もちろん冷たい水菓子もいいのだけど、暑い日の熱いお茶というのもなかなか良いのだ。

熱いお茶が喉を通った後に、遅れてじわっとくるお茶の温度が心地よい。



『意外に渋いんですね』

「あはは、お祖母ちゃんが好きだったんですよ、夏場の熱いお茶」

『…そうですか』




…そういえば、こんな風に家族の話をしたのは初めてかもしれない。


別に禁句にしていたつもりもないのだけど…

薬売りさんから話題にされたことはなかった。


でも彼の反応を見る限り、私の口から家族の話をするという事を気に掛けていてくれたのかもしれない。




(何かちょっと…照れくさいな)




ちらっと薬売りさんを覗き見れば。

彼の横顔は相変わらず涼しげで、でもほんの少し満足そうに笑っているようにも見えて…


なんだか私もちょっと嬉しくて、もう一口お茶を啜った。






「あらぁ、お兄さん、物売りしてるの!?」



唐突にぱあっと明るい声を出したのは、お団子を持ってきたお店の女将さんだった。

薬売りさんの大きな薬箱を指差し、期待を込めた視線を彼に向ける。




『…ええ、如何にも。薬売りです』



薬売りさんは、さっきまでの無表情などなかった事のようにニコリと微笑んだ。

それを見て女将さんが一瞬息を飲んだような飲まなかったような…



「あ、あー、お薬ね!ちょっと見せて貰いたいわ!」

『ええ、勿論』

「私!私もいいかしら!?」

「あら、私もよ!」



(え、えええ…?!)



二人の会話が聞こえたのか、どこからともなく女性たちが数人出てきた。

薬売りさんは驚くどころか、さも当然とばかりに対応している。



「よく来てた薬の行商さんがもう歳でね、なかなか来られなくなっちゃって」

「そうそう!良かったわ〜しかもお兄さんいい男だし」

「ね〜〜!」



きゃっきゃと花を撒き散らす女性たち。

私の脇を通る帰りがけの男性客が、呆れたように肩を竦めて私を見た。


私は苦笑いと愛想笑いの中間のような微妙な表情を浮かべて、その人を見送ったのだった。





(うーん、まーもう慣れましたけどねー…)




薬売りさんと一緒にいると、こういった事はそんなに珍しくもなく。


正直、面白くはないものの…

これが彼の仕事なのだから、その度に頬を膨らませて拗ねる訳にもいかないのだ。





(こぞって女の人ってとこが引っ掛かりますけども…)




私は隣の賑わいを気にしてないように装いつつ、すでに温くなり始めたお茶を啜った。



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