ひとつめ
└十三
「そう言えば…」
私達は向かい合って、簡単な朝餉を食べる。
「昨日の周辺探索。何かありましたか?」
薬売りさんはお茶を啜りながら、チラッと私を見た。
そしてゆっくりと湯飲みを置くと、少し考えるような仕草をみせる。
『…まぁとりあえず、山を降りる道は見つけましたよ』
「そうなんですか」
『ちゃんとした道だし、来た時よりは楽でしょう』
「あ…そうだ、足の皮剥け、すっかり良くなってました!さすがですね!」
…と、ここまで言って、手当てをしてもらった夜のことを思い出してしまった。
(う、わ…)
口調の割りに優しい薬売りさんの指先とか、圧し掛かる重さと熱さとか。
一瞬の内に頭に蘇って、カァッと頬が熱くなるのがわかる。
そんな私に気付いてか…
『………ふっ』
「!!」
薬売りさんは妙に勝ち誇ったような顔をするのだった。
私は悔しいような恥ずかしいような気持ちを隠しながら、自分のお茶碗に注いだ。
『…それと、この周辺ですが』
「はい?」
『やけに罠が多いんですよ』
「罠…ですか?」
私の言葉に薬売りさんは無言で頷く。
『しかも…妙に古い』
「へぇ…」
薬売りさんの言わんとしている事が理解できない私は、首を傾げながらから相槌を打った。
そんな私の心を読み取ったのか、薬売りさんはクスッと笑う。
『古いと錆びてて…外しにくいんですよ』
「あぁ、なるほど」
『結はそそっかしいですからね、これ以上怪我をされたら薬が足りません』
「な…!そんな事無いです!」
くつくつと喉の奥で笑いながら薬売りさんはお茶を啜った。
『…ところで』
「はい?」
『湯飲みはどうしたんです?』
薬売りさんは私のお茶碗を指差す。
「あー…えっと…」
…昨日。
とこちゃんとおむすびを食べたとき。
"あげる"
彼に貰った庭先の花を、湯飲みに活けてあるのだ。
名前も知らない野の花だけど、とっても嬉しかったから…
(…そんな事言ったら、また薬売りさんに呆れられちゃうかな)
私は喉まで出掛けた言葉を飲み込んだ。
『…結?』
「あ、えっと、お庭の花が綺麗だったので」
そう言いながら、縁側に置いてある湯飲みを指差す。
薬売りさんは物言いたげな表情で縁側に視線を向けた。
「……えっと、今日はまた出掛けるんですか?」
『…あぁ、昨日散策しているときにいい薬草を見つけたんで。ちょっと摘んでいこうかと』
「あ、じゃあ今日は私も…」
思わず身を乗り出した私を、薬売りさんが手で制する。
『さっきも言ったでしょう。古い罠があちこちにあるんですよ』
「あ…」
宥めるような薬売りさんの言葉に、あからさまにしょんぼりしてしまった…
そんな私を見て、薬売りさんは少しだけ微笑む。
『今日か明日には和尚が戻るでしょうから…使った部屋の掃除をお願いできますか?』
すでに食事を終えた彼は、片手で頬杖をつきながらもう一方で私の頬をつついた。
(う…これは…甘い…)
目を白黒させつつも、じんわり熱くなる頬を誤魔化すように、私は慌てて頷いた。
薬売りさんはスッと頬を撫でると、満足そうに笑う。
(…ずるい…)
そんな風に心の中でぶうたれても。
昨晩の気まずさを引き摺らないで済んだ事に、少しだけホッとしていた。
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