ひとつめ
└十二
「…なんで…?」
とこちゃんが本当は狸で…
化けて私に悪戯しに来たんだろうか。
"おっかぁ…"
(…本当にそれだけなのかなぁ…?)
とこちゃんは悪戯なんてするような子かなぁ…
「…いぃっ!?」
ビリッとした痛みが耳に走って一気に現実に引き戻された。
もちろん痛みの原因は薬売りさんで。
『…何を一丁前に感慨に耽っているんです』
「痛…痛いです…!」
『何か私に言う事は?』
「う……ご、ごめんなさい…」
薬売りさんはフンッと鼻を鳴らすと、隣から私の顔を覗き込んだ。
ジーッと睨むように窺う藤色の瞳に、思わずたじろいでしまう。
『…何が』
「え?」
『何が、どう、ごめんなさいなんです?』
「えっ!」
ぐいぐいと薬売りさんが迫る。
そしてピッと人差し指を立てると、それをそのまま私の頬に刺した。
「いたたたっ!!さ、刺さって!?」
『さぁ、言いなさい。何がどうごめんなさいなんです?』
「わ、わか…痛いです!」
『痛いじゃない。ちゃんと言いなさい。結が何を間違って、私に対して何がごめんなさいで、今後私に逆らいません、全て言う通りにし奴隷の如く傅いて…』
「ちょ、方向性がおかしく…」
(あれ…?)
いつにも増して不機嫌な彼を見て、あることに気付く。
「…あの、薬売りさん…?そう言えば、どうして寝不足なんですか?」
『…………』
眠れなかったと言ったとおり、ちょっとだけいつもより目が赤く見えるのだ。
「何か眠れない事があったんですか?」
『…それは結が……』
「私?」
『…………』
薬売りさんは少し言い辛そうに唇を歪めると、すかさず私の頬を両手で引っ張り上げた。
「いだだだだ!」
『いいから言いなさい』
「く、薬売りさんの言うことを聞かなくてごめんなさい」
『…それから?』
「…子供とは言え…油断しすぎて、ごめんなさい」
自分で言っていて、段々落ち込んできてしまった…
(…やっぱり…最近の私は気が緩んでいたんだ)
薬売りさんがいる安心感。
それに少し寄り掛かり過ぎていなかっただろうか。
何かあっても、自分で解決できるわけじゃないのに…
「ごめんなさい…」
『………』
頬を抓まれながらしょぼんと肩を落とす私を見て、薬売りさんは溜息をひとつ。
そして弾くように指を離すと、その代わりに私の頭をガシガシと撫で繰り回した。
「わ、薬売りさん…!?髪が…」
『……さぁ、朝ごはんにしますよ』
「…はい!」
薬売りさんはフッと表情を緩めると、欠伸をしながらスタスタと歩き出す。
私は少しだけ強張っていた体から力を抜くと、慌ててその後を追った。
『…そう言えば足りませんね』
「え、何がですか?」
『言葉が。今後私に逆らいません、全て言う通りにし奴隷の如く…のくだりが』
「な…!言いません、そんな事!」
膨れる私を見て、薬売りさんはまた笑いを噛み殺すのだった。
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